Birthday 4話:伝えること |
肩が震えて,そして涙が出た。 涙が止まらない。 愛人だと,分かっていた。 理解していた。 それなのに。 分かれたことが,分かれなくてはならなかったことが,悲しくて切なくて。 アスランの婚約者よりも,愛してもらえなかったことが,悲しくて。 違う。 もしかしたら,愛なんてもの自体が,僕にはなかったのかもしれないのだ。 声色だって,表情だって,ツクれないものじゃない。 唯,ツクらえたものに喜んで。 ツクられたものに悲しんで。 ―――何をやっているんだろう・・・・・・ もっと考え方を変えれば,僕が泣いている,悲しんでいることすらも,おかしいことなのかもしれない。 婚約者にとっての裏切りになるようなことを,アスランに頼んで。 そんなことをさせてしまっただけでも,申し訳ないことなのかもしれない,のに。 唯,日付が一日予定よりはやいだけで,アスランに別れを切り出されただけで,「おめでとう」と言ってもらえないだけで。 涙はこんなにも止まらない。 そして,長い夜をキラは泣きながら過ごした。 朝,目が覚めると,時計が9時過ぎを指差していた。 頭ががんがん鳴っている,体調の悪い体を引きずって,僕は洗面所に向かう。 映った顔は,この上なく腫れぼったくなっていた。 泣いていたことが,誰にでも分かるくらいに。 ぼやっと,自分の映った鏡を見ていると,自嘲的な考えが浮かんでくる。 こんな顔でいたら,未練たらしく見えてしまうだろうか? でも。 それでも,いい。 今日だけはまだ・・・・・・。 朝ごはんなんて,胃の中に入りそうになかったけれど,何も食べないでいるときっとイザークに怒られるだろうから,クロワッサンをひとつだけ手に,再びベッドに戻った。 僕は,ストレスが溜まった時,どちらかというと拒食の方になってしまう。 過食がいいのかどうかは分からないのだけれど,拒食はもっと良くないとイザークは言う。 拒食になってしまうと,まったく喉に食事が通らなくて,酷い時にはもどしてしまう。 父さんと母さんが死んだとき,本当に何も食べられなくて,水も飲めなくて。 そしたら,三日目くらいに,僕は救急車に運ばれた。 点滴をしている僕を見るなり,イザークは病院だということも忘れて怒鳴った。 初めてイザークに怒鳴られて。 それからは,頑張って食べるようにしている。 何も,これから怒鳴られなくないとかではない。 イザークに恋愛なんかではない家族として,愛してもらっていることに気付いたから。 ベッドの上に僕は乗り,そして壁に背中を預ける。 クロワッサンを口に入れようとしたけれど,どうしても無理で。 僕はクロワッサンをティッシュの上に置くと,再び寝ることにした。 次の日,仕事を始める前にメールをチェックすると,沢山の人から誕生日おめでとう,という言葉が書かれていた。 嬉しくて,少し浸った気持ちでいると,イザークのメールにはアスランと上手くいっているのかという内容が書かれていた。 「別れたぁ?」 仕事に向かいながら,土曜日の話をイザークにすると,綺麗な顔を思いっきり歪ました。 「うん。 婚約者さんの状態が良くないみたいでね・・・・・・」 「状態?」 「うん,なんかもう危篤状態なんだって。 それで,つきっきりでいたいからって言われた」 「・・・・・・・・・・・そうか。それで,別れたんだな」 「・・・・・・・うん」 思いっきり顔を歪ましはしたけれど,いつものように怒鳴りはしない。 少しだけ不思議に思いながら,僕は仕事から目を離さないイザークを見つめた。 「お前,昨日ずっと泣いてたんだろう? ちゃんと,ごはんを食べたか?」 「え,あ,うん。 一応食べようとしたんだけど,どうしても食べられなくて・・・・・・」 そう言ったら,イザークは案の定ため息をついた。 「自分の体は自分で管理しろよ。 いい加減に社会人になったんだからな」 「うん,ごめん」 「婚約者は危篤。 だから愛人とは一緒に居られない。 一体どういう訳なんだろうな」 イザークの呟きは,闇の中へと消えていった。 分かれてから,一週間が経った。 毎日アスランの事を思い出して。 それから泣いて。 ずっとそんな日が続いてた。 何も手がつけられなくて,仕事にはならないし,食事すらも取れないし。 何もかも出来なくて。 どうしても振り切ることは出来なかった。 好きだった。 大切だった。 愛してた。 だから,どうしてもアスランのことを考えてしまう。 イザークが言ったように,どうして今まで放ったらかしにしていた婚約者の元に危篤状態の時だけ戻るのか,とか。 アスランにとって,愛人とはどんなものだったのだろうか,とか。 それでも,いつもいつも独りよがりしか出来ない。 答えなんて,分かるわけがなくて。 いい加減に疲れてしまったというのも,ある。 だから,この気持ちを無くすために,僕はアスランと初めて出かけたあの海へと出かけることにした。 イザークにそう伝えると,分かったという言葉が返ってきた。 誕生日から一週間が経った日曜日,僕は綺麗で美くしくも見える夕焼けの映る海にいた。 ベンチに腰掛け,僕は空を仰いだ。 鳴りっぱなしでもある通信手段である携帯の電源を落とし,僕は波の音と海風だけに体をゆだねる。 周りには,誰もいなくて僕が一人いるだけ。 ここで,付き合う約束をして,別れる話をして。 なんだか,いろんなバライティがこの海には揃っているなぁと思うと,笑いがこみ上げてくる。 しかし,目から流れるのは涙だった。 思わず目に,手をやったけれど,手と手の隙間から涙は零れていく。 そして,ぼくは投げやりなことを思った。 ―-―この涙で,悲しみが無くなればいいのに。 でも,そんなことは出来るわけがなくて。 やっぱりこの海は,アスランとの大切な場所なのだ。 それは,変わらない事実で。 忘れることも,無かったことにすることも,出来はしない。 事実として,僕はアスランと付き合っていたし,別れもした。 それはまぎれもない事実。 それを,どうにかしてアスランへの気持ちを振り切りたいと,僕は思う。 どれ位の時間が経ったのか,それすらも分からない。 気がつくと,夕焼けだった空は何時の間にか,星が瞬いている。 いくら春と言っても,夜はまだまだ冷え込んでいる。 僕は,風邪を引かないようにするためにも,そろそろ帰ることにした。 あの時と同じように,ベンチを立ち,そして歩みを進める。 真っ暗な道を歩いていると,向こうから走ってくる足音が聞こえてくる。 ―――別れた時も僕って,走ってたよね・・・・・ そんな風に思いながらも,僕は歩く。 向こうから,走ってきている人の姿が見えてきた。 それは,見覚えのある姿で。 「キラっ!!!」 呼ばれて,僕はアスランから逃げるように元来た道を走る。 せっかくアスランへと気持ちが吹っ切れたのに。 また会ってしまったら,言ってしまいそうだ。 「どうして,今更婚約者を優先しようとしたの?」 と。 そんな惨めなことは言いたくなくて,僕は逃げる。 それでも,距離はだんだんと近づいてきているのか,アスランの吐息がすぐそこに聞こえてくる。 「キラっ!!!!」 何度目かの呼びかけか分からない。 その後に直ぐ,僕はアスランに捕まえられた。 腕を引っ張られて,そして,強く強く抱きしめられる。 「ごめん,キラ」 言われた言葉を理解せず,僕はただ,アスランの腕の中で身を捩った。 「アスランの馬鹿。 もう会いたくないんだよ。 どうして,今更僕の所くるのっ!!」 「ごめん,キラ。 俺は会いたいからきた。 俺はキラに謝りたいよ。 それからおめでとうって言いたい。 あともう一度付き合ってほしい」 おめでとう,という言葉そして付き合ってほしいという言葉聞いた途端,僕は捩っていた体をアスランの体にすっぽりと収め,僕は涙の浮かぶ顔で尋ねた。 「どいうして,知ってるの?誕生日・・・・・・・」 「それは・・・・・・イザークに怒られたから。 電話口で。 でも,ここにキラに会いに来たのは俺の意思だから・・・・・・」 言いたくない話なのか,アスランは先ほどとは打って変わった声で言う。 それが可笑しくて,僕は少し笑ってしまった。 「キラ,もう一度付き合ってください」 改まった口調で言われて,唇を重ねられる。 僕は,抵抗もせず,その唇と舌に翻弄された。 |
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