White day






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 ある昼下がり。
 アスランは自室で、休みまでに終えなかった大量たる仕事を家に持ち込み、秘書に渡された資料やプリントを打ち込んでいた。
 カタカタと細く綺麗な指が静かにキーボードを打ち込む音と、ハードが唸る音が静かに部屋の中で響いている。


 近年は不況だと騒がれているが、そんな中アスランがトップとして率いる会社は順調に売り上げを上げている。
 暇といえる時間なんてものは皆無に等しい。
 不況の時代なのだから、暇がないほど仕事があるのは幸せなことかもしれないが、当の社員たちは現状に激しく苦しんでいる。
 当然、勤務時間内に終わるという普通のサラリーマンはこの会社にはいない。常に残業が短くても1、2時間は待っている。
 そんな会社の中なのだから、必然的にトップであるアスランも忙しい訳で。
 帰宅時間は常に終電時間ぎりぎり。もしくは午前様の毎日である。
 そんな日々の中のつかの間の休息が休みの日、の、筈なのだが。


 普段、目まぐるしい程に忙しいのだから、休日は全面的に休みになっている。
 休日には、オフィスはもちろん、自宅に仕事を持ち込むというのは規則として禁止している。基本的には。
 しかし、時には仕事をしざるを得なくなる時があるのだ。
 それが、今のアスランの現時点での状態だ。


 ふっと時計を見ると、パソコンを開けてから既に2時間が経とうとしている。
 アスランは、かけていた眼鏡を外すと、椅子の背もたれに身体を預けた。
 ――――どうして休みの日まで・・・・・・・・・・・
 ぶつくさと心の中で文句を言ってはいるが、一向に終わる兆しを見せない量にアスランの堪忍袋は最早限界まで近づいている。
 ―――― 三月は決算を迎える月なのだから、いつもよりもかなり忙しいというのに・・・・・・ったく・・・・・・・・
 事の起こりは昨日の金曜日。
 時計も、深夜一時を指しているので、そろそろ退社しようと思ったところに3課の課長がやって来たのがそもそもの始まりだ。
 「どうしたんだ」
 帰宅前に、一体何事かと尋ねてきたディアッカに問うと、あせった口調で話し始めた。
 「エマーソン社に出していた資料の返事がないから、おかしいと思って部下に探させたら、その資料が出せていなかったみたいでさ」
 エマーソン社とは、結構な支配力を持ったグループの本社で、これから近々契約を結ぼうとしている最中だ。
 「なんだって・・・・・・?」
 これから契約を結ばないといけないいうのに、何と言う失態だろう。
 こんな事では、会社の方針を疑われ、契約は愚か、親しい関係にもなれない。
 「約束の日は?」
 「3月15日。明後日の月曜日だ!!!!」
 あらかじめ渡しておき、会議では少しでもスムーズに話を進めようとしていたし、互いの会社でそう決めたのだが・・・・・・・。
 月曜日まで、土曜日と日曜日、つまり休日しかない。つまり資料を渡すのは、会議の当日しかないということだ。
 「その担当はティファに任せていたんだけど、すっかり忘れてたみたいでさ。今気が付いたんだけどもう帰っているし・・・・・・・」
 「もういい。エマーソン社にはこちらから謝っておく。こちらで、当日に渡す」
 「しりょ・・・・・・」
 「それも、俺が作る!!!!」
 あまりの剣幕に、ディアッカは言葉をなくす。週末というので相当疲れが溜まっているのに、こんな状況が重なるのだから仕方が無い事かもしれない。
 自分が社長の変わりに資料を作成するなんてことも考えず、勝手な解釈をしたディアッカは暫くの沈黙の後、すまない、と頑張れよという言葉を残して社長室を出て行った。
 というのが事のあらましだ。
 ディアッカを恨むわけではないが、アスランは唯々腹立たしかった。
 ディスプレイを眺めすぎたのか、眼鏡をはずした目はかなり疲れているようだ。
 当分は終わらないだろう、分厚さにため息を溢したアスランは席を立ち、キラの姿を探しに部屋を出た。


 リビングに入ると、妙に甘ったるい匂いが鼻をつく。
 「キラ?」
 同居人、の名前を呼ぶとひょこっと姿を現した。
 「何、アスラン?」
 エプロンを付け、手にホイップを持って現れたキラは、どうやら何かを作っているらしい。
 「何をつくってるんだ?」
 「ケーキ」
 道理で甘い匂いがする訳だ。納得すると共に、ひとつの疑問が脳内を浮かんだ。
 どういう理由からケーキを作るのだろうか?誰に渡すのだろうか?
 尋ねたかったが、期待とは別の答えを聞くのが嫌で、アスランは喉まで出掛かったその問いを聞くのを止めた。
 流しを見ると、どうやら生地から自分で作り、今は飾りつけをしている模様だ。
 カウンターの上には作りかけの黒いケーキがどんと、その存在を表していた。
 料理でも何でも作るのはうまいのだが、その他の手先を使う者は全くの不器用だ。
 その証拠に、ケーキの生地が美味しそうなのだが、飾りつけの第一歩ともいえようチョコレイトクリームが凄まじい事になっていた。
 「・・・・・誰かにプレゼントするんだろう?こんなデコレーションでいいのか?」
 「うっ・・・・・・。だって出来ないんだもん・・・・・・・」
 本人も、この飾りつけでプレゼントするには戸惑いがあるようだ。
 「ちょっと貸して、それ」
 きっとキラにはどうしようも出来ないだろうから、アスランは自分が手を加える事にした。
 誰にプレゼントするのか知らないが、その相手にデコレーションの酷さを見せたくない。どんな時でも、キラを好印象にさせたい。
 そんな思いで、約30分。仕事の合間にデコレーションを仕上げた。
 「はい、出来た」
 傍で、ひと時も目を離さずにしていたキラに声を掛ける。
 「うん、ありがとう。やっぱりアスランは上手いね。仕事、忙しいのに、こんな事手伝わせてごめん・・・」
 にっこり笑うキラの顔。その後の、申し訳なさそうな顔。
 その顔が欲しい、そうアスランは瞬じて思った。
 「・・・・・っふ・・・・・・」
 「ありがとう、キラ。手伝ったお礼、ちゃんと貰ったからな」
 不意を狙われたキラは顔を真っ赤にさせている。
 お礼、というより、欲望のままに、といった所であるがそれは本人しか分からない事で。
 本当は、キラごと欲しいんだけど、思ったりもするのだが、さすがに憚られる。
 時間的にも、自分の仕事にも。
 もう一度、軽く触れるだけのキスをすると、残った仕事を片すために、自室へと戻った。


 キラの、誰に渡すか分からないようなケーキの手伝いをしなければ、仕事は進んでいたと言われるかも知れないが、キラと一緒にいる時間に無駄という言葉などない。
 いうならば、キラとの時間はどんな状況の中でも有意義だと思えるのだ。
 ――――たったの30分ほどしか一緒に居られなかったけどな・・・・・・。
 それでも、仕事の合間の癒しには十分役目を果たしたといっていい。
 その後、アスランは、幸せな気持ちでパソコンへと向かった。


 そして、次の日。
 無事にエマーソン社との会議を終え、その日の仕事を終わらせ、社を後にする時には、やはり零時を回っていた。
 ――――キラはもう寝てるんだろうなぁ・・・・・・
 自分のように会社勤めではんく、研究室に篭ってキラは働いている。
 仕事を抱えつつも、規則正しく生活を送るキラは十一時位には床に入っているのだ。
 癒してもらいたいなぁ、あの笑顔が見たいなぁなんて思うが、それは叶わぬ夢だ。
 月曜日は一週間の始まりもあって、仕事の量は他の日に比べて、結構多い。それにプラス、三月の決算時のために仕事はてんてんこまいだ。
 一日の疲れのように長いため息をもらし、社のエントランスに向かった。
 「お疲れ様です、未だ残ってられてたんですね」
 すでに顔なじみになった警備員に声を掛けられ、苦笑する。
 「はい、お疲れ様です」
 そうして外に出ると、冷たい空気が肌にぴりぴりと刺さった。
 三月も中頃。昼間は大分と温かくなったが、まだまだ夜は冷え込んでいる。
 ――――今年の桜は四月の頭頃なんて言っていたよな・・・・・・・
 そんなことを思いながら、タクシーを呼ぶために携帯を鳴らした。


 自宅の前でタクシーを止めてもらい、料金を払う。
 と、目に入った自分の家に、思わずびっくりした。
 なんと、家に灯りが付いているのだ。
 ――――ドロボウでも入っているのか?
 最近は物騒な世の中になったからなと思いながら、自宅の扉を開けると、思いもしない人が目に入った。
 「キラ・・・・・・・・・!!!」
 キラがいつも寝ているような時間はとっくに過ぎている。何かあったんだろうか?
 「何かあったのか、キラ?眠れないのか?」
 一応尋ねてみるが、そんな事ではない事位、表情を見れば分かるが、聞かずにはいられなかった。
 「ううん、違うよ。それより、玄関は寒いからリビングに行こうよ」
 ――――・・・・・・もしかしたら別れ話か?
 余りにも考えつかないキラの行動に、アスランは不安な事を考えずにはいられない。
 しかし、そんな考えも杞憂に終わるのを、アスランはまだ知らない。


 コートを脱ぎ、鞄を置いて、ソファーで休もうとすると、ガラステーブルの上には昨日のケーキが置いてあった。
 ――――おかしいな?・・・・・・・・?
 「キラ、これは誰かにプレゼントするんじゃなかったのか?」
 キラがスポンジをつくり、アスランがデコレイションをしたケーキは、昨日の状態から何も変わらず、其処にある。
 「・・・・・・鈍いナァ、アスランは」
 そういってクスクス笑うキラは、アスランの隣に座り、チョコレイトケーキをを手にした。
 「はい、ホワイトディ。ありがと、バレンタインのチョコレイト」
 差し出されたケーキと、キラの笑顔を交互に見比べる。
 思っていた事とは全然違った現実に、アスランは思わず面食らった。
 「俺?」
 「うん、アスランに、だよ」
 言われてみえば、確かにバレンタインにチョコレイトをキラにプレゼントした。
 けれど、それは見返りを求めていた訳でもないから、ありがとうというキラの破顔を見れて嬉しかったのを覚えている。
 「ごめんね、アスランに手伝ってもらってしまって・・・・・。本当はマシュマロが良かったんだけど、作り方なんて分かんないし・・・・・・」
 申し訳なさそうなキラを見ていたアスランは、思わずキスをした。
 「謝ることなんていらない。俺は嬉しいよ、キラの手作りが貰えて」
 正直な気持ちを告げる。
 手作りのケーキ、そして、渡すために自分が床につく時間を過ぎても待ってくれていた事が、アスランにとってはこの上ない喜びだ。
 もういちど、告げる。素直な気持ちを。
 「ありがとう」
 きつくきつく、二人の間を隔てるものが無いくらいに、抱きしめる。
 そして、どちらともなくキスをした、甘く甘く。
 「・・・っふあぁ・・・・・・・・」
 ようやく唇が離れたときには、銀色の糸が二人の間を繋いでいた。














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