あなただけの…・・・







「キラ,行ってくるから」



返事のない静かな家をアスランは出た。





流れていく時間があまりにも遅く感じられるアスランは,何度も時計を見つめた。
―――・・・・・・・・
何かを思うわけでもなく。
ぼんやりと見つめて,そして書類へと視線を戻す。
ずっとそんなことを繰り返し,いい加減な時間を過ごして,はや半日が経過している。
そんなアスランに,今日の仕事がはかどっているとは言いがたい。
社長室にひとり,すわり心地の良い,背もたれのあるいすに腰掛けながら,見てくれの通り,意識をぼやぼやとさせている。
ここに,他の人が入れば,即座に何か言われたであろう。
それ位,アスランの調子は悪かった。
誰もいない個室で,アスランは今日で何回目になるか分からないような溜め息を隠すわけでもなく,深々と吐き出した。


そして,一日は今日も過ぎていく。
大した会議や,他社との打ち合わせがなかったから良かったものの,今後はこういう訳にはいかない。
今日一日で,全く進まなかった書類を眺めては,自分の情けなさ,そしてことの起こりにため息を漏らした。
だらだらとした,一日を持て余すような日だったなと,傍から考えれば,とんでもないことを思いながら箱に乗り込む。
だから,「あんなこと」を秘書に言われたのに,頭が働いていない今日は,アスランに何を言っても通用する訳はなく。
ただ気分は悪くなっていくばかりである。
下降していくエレベーターは,まるで,自分の今の心境に似すぎていて,アスランはここでもため息を漏らす。
エントランスには,女性社員がパソコンに何かを打ち込んでいる。
さっと顔を上げて「お疲れ様でした」というと,再びディスプレイに顔を戻す。
それをぼんやりと,立ち止まって見つめていると,彼女はおずおずと顔を上げた。
「あの・・・・・」
そう言いながら,うっすらと頬を赤く染めている彼女を目にすると,ちっとも笑ってくれない愛しい人が頭の隅をよぎった。
沈んだ顔で「お疲れ」と声を掛けると,大理石で出来た床を歩き出した。












夜になっても,相も変わらずむわっとした熱気に包まれている道路に出た,アスランは,大通りを歩き出した。
いつもなら,早く家に帰りたいのと,この暑苦しい空気に晒されるのが嫌で,空タクシーにすぐ乗り込むのだ。
しかし,家に帰るのが憂鬱な今,タクシーを乗ることは,帰るための交通手段から外された。
会社に勤める人間たちの帰宅時間というのもあって,スーツを着た人間が目立つ。
駅までの道のりに,大きなコーヒーショップがある。
光を抑えたオレンジ色の明かりが目に優しい。
そこでアスランは足を止めた。
―――・・・・・・・・・・
本で読んだ言葉が頭をよぎる。
しかし,その相手は,今全く相手をしてもらえていない。
忙しい時間の中で,やろうと思っていることばかりが出来ずに,結局約束破りという形にしてきた。
今になって秘書からもらった休みが今は憎らしく感じる。

アスランは愛しい人の笑った顔を思い浮かべて,それから少し悲しく顔をゆがませた。







電車を降り,自宅までの距離に恨めしさを感じながら歩いていると,ひとだかりが見えた。
どうやら,事故が起きたらしい。
自動車とバイク。
バイクに乗っていた人間2人が,車に当てられた,らしい。
どうやら,後ろに乗っていた女性が大怪我をし,運転をしていた男性が幸いにも傷が少なく。
見ていると,救急車の音が聞こえてくる。
しかし,そこでは救急車の音にも勝る声である。
「起きろよ・・・・・・な,この後家に帰ってプレゼント渡すって言っただろ・・・・・・起きろよ・・・・・」
涙の入り混じった声が響く。
それからすぐに,救急車が近づいてきた。
「心臓が動いていないんです・・・・・息が感じられないんです・・・・・・助かりますかっ?!!」
隊員が,血まみれになった女性を運ぶ中,男性はその隣で必死に叫んでいた。




しばらくして,警察がき,自動車に乗っていた男性と一緒に署の方に行き,やじうまも減る中,アスランもその現場を離れ,歩いていた。
しかし,その表情は仕事中のようなぼんやりとした顔ではない。
アスランの脳内では,先ほどの女性に叫び声を上げている男性の声と表情が脳内に響き渡っている。

いのちが儚いことくらい・・・・・・・。
―――・・・・・・分かっているさ!!!!

アスランは駆け出した。














案の定,家の門扉はしっかりと閉まっており,電気も何もついていない。
しかし,そんなことはアスランにとってはどうでも良かった。
きっっと,自室にいるはずだ。
着替えもせず,鞄を玄関に放っておくとアスランは二階へと向かった。

「キラ?入るよ」
ノックをしてから,部屋のノブを回すと,キラはこちらを睨んでいた。
少し前なら,この顔に怯んでいたが。
これからは,もう怯むこともないだろう。
「ごめんな」
少しずつ近づいて,キラとの距離を縮める。
「時間が本当に無かったんだ。でも,明日から二日間休みをもらったから」
途端にきつい視線が一瞬だけ怯む。その隙に,キラを抱きしめた。
「もう,約束破ったりしないから。本当にごめん」
キラはアスランの腕から逃れるように身じろぎする。
それさえも押さえ込むように,アスランはキラをきつく抱きしめた。
何度もごめん,と愛してる,とささやく。
すると,観念したように,「ばか」と一言呟いた。
「仕事なのは仕方ないって分かってるけど・・・・・・・でも体にも触ってくれなかったし・・・・・・・」
少しずつ話してくれるキラの表情を見失いたくなくて。
しっかりと捕らえたキラを,アスランの瞳が逃がすことはなかった。
「淋しかった?」
触れるだけのキスを仕掛けると,キラはもっととでも言うように,アスランの頭を離さないように,自分の方に引き寄せる。
それを好都合と言わんばかりに,アスランは再びキラの唇を奪う。
触れ合った唇からアスランはキラの口内に舌を入れる。
そして,隅々まで蹂躙した。
「・・・・・・っふぁっ・・・・・・・アス・・んっ・・・・・・・」
歯茎をじっとりと舐めとり,アスランの気が済む所までし続け,唇が離れたときには,キラは肩で息をしている始末だった。
「俺がキラを嫌いになるなって・・・絶対ありえない。キラの方が,俺に愛想つかさないか,そっちの方が心配だ」
「そんなこと・・・・・・・!!ずっと僕は,アスランのものだから」
「二日間休みが出来たから,とりあえず明日一日はキラを可愛がろうか?」
嬉しそうに喉の奥で笑いアスランに,キラはこくんと頷いた。





「あれ・・・・僕寝てた?」
明るい日差しの差すベッドで目を覚ますと,隣でアスランがキラを見つめていた。
キラはがらがらになっている声で,横になったアスランに尋ねる。
「一時間位な。 最後にキラがイったら,そのまま意識を失っていったんだけど・・・・・・覚えてる?」
結局,あのキスの後,キラはアスランの下敷きにされ,そして時には四つん這いにされ,声が嗄れるまで鳴かされ続けた。
久しぶりに交わした情交で,キラは何度イったのか全く分からない。
その証拠に,体はかなり重たかった。
「ちょっと待ってて。飲み物取ってくるから」
そう言ってベッドルームを出て行ったアスランが戻ってきたときには,その手にマグカップが握られていた。
暖かそうに,湯気をたてている。
それを受け取ろうとして,キラは起き上がろうとするのだが・・・・・・。
「キラ,大丈夫?」
急いでアスランは,キラの力では微々たる量子化起き上がれなかったから背中を支え,クッションをあて,ベッドにもたれさす。
「ごめん,全く力が入らなくって・・・」
「やり過ぎたか?」
「んー,大丈夫」
そう笑って,アスランが持ってきたマグカップを受け取ろうとする。
中に入っていたのはエスプレッソだった。
「はい,どうぞ」
「ありがとう」
口元にマグカップ持っていこうとするキラに,アスランは話しかけた。
「キラ,エスプレッソを英語で直すとこう言うんだ」
そうしてキラに耳元でそっとささやく。
言葉を聞いたキラは嬉しそうに破顔した。
「アスラン,好き」








「Coffee expressly for you―――あなたのためだけのエスプレッソ」









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