今ここに居るということ。 |
寒い。 そろそろこたつでも入れようか,と思いコンセントに手を伸ばすとリビングの扉が急に開いた。 「ア,アスランっ。お帰り・・・」 いつもなら玄関先で「ただ今」,と一声かけるはずなのだが。 急にリビングに入るなり抱きついてきた。 「キラ」 言われて,何と尋ねようとしたが,それは強く抱きしめることで遮られた。 何度も愛しい名前を呟くアスランのくちびる。 それは,何か必死に自分に縋りついているようにも見える。 益々力の篭もるアスランの腕をしっかりと受け止めるように,キラはアスランの背中へと腕を合わせた。 別に事故があったわけでも,ないだろう。 何があったのか,キラには分からなかったが,アスランを大切にするように抱きしめた。 暫くして,やっと気持ちが落ち着いたのかアスランはキラの身体を離した。 アスランの視線は熱く,キラの瞳を見つめている。 その頬へとキラは手を伸ばす。 すると,その手に素早くアスランが手を伸ばした。 「キラ・・・キラ・・・」 呼びかけるのは少し切なげな声。 「どうかしたの,アスラン」 問いかけると,彼は何かを振り切るように頭を振った。 「何もないことないでしょ?どうかした?」 立っているのもどうか,と思いソファへと歩みを進める。 暖房にスイッチを入れた。 「本を読んだんだ」 重い表情をしたアスランからは,静かに言葉が漏れた。 「主人公が段々記憶を失っていくんだ。 普通の本なら,急に記憶を失うっているパターンがあるんだけどな。その本は違うんだ。 本人も,その恋人も,記憶がなくなっていくという状況を目の当たりにするんだ。 愛しい人の名前も,仕草もなにもかも忘れていく。 最後は何もかも忘れてしまって・・・ひとりでは生きていけなくなるんだ・・・・・・・」 ひぎったキラの手をアスランは力強く握る。 その手を離さない,というように。 「大切なことを忘れていくんだ。名前も仕草も,相手の好きな食べ物も。 最近の記憶と昔の記憶がぐちゃぐちゃになってしまうから,昔の恋人がいたら,その人間と間違ってしまうかもしれない。 でも,本人は分からないんだ。 記憶がないから」 キラは,段々アスランの記憶を失っていく自分を想像した。 アスランからもらったものも忘れていく。 今大切にしている,アスランとの生活も忘れていく。 自分が不安になるのも心配であったが,それ以上にキラのこころを痛めそうなのは,その隣にいるアスランだ。 きっとアスランは傷つく。 ずっと自分を慰めてくれると思う。励ましてくれると思う。 でも,自分はアスランと助けることが出来なくなってしまう。 アスランと今,一緒に過ごしている日々を,もう二度と送れなくなってしまう。 「仕事が大変だから,ってキラと話すことも出来ない日があったけど,やっぱりそれはダメだと思ったんだ。 一体何があったとしても,大切なことはやっぱり自分の腕の中で毎日確かめたい。 明日がある,とか,まだ時間がある,って後回しにしてると,いつ何が起こるかわからないって・・・俺,思ったから・・・・・・」 そういい終わってから,再びアスランはキラの身体を抱きしめた。 ―――そういう理由があったんだ・・・・・・ 強く,強く抱きしめるアスランの顔を見ることは出来ない。 一体アスランはどんな顔をしているのだろうか。 「キラがいたら,俺はもうそれだけでいい。 地位とか名誉とか,お金とか。そんなものなんてどうでもいい。 キラと,毎日一緒に話をして,笑って,怒って,楽しく過ごしたい。 一番大切だから」 切なげにアスランが言う。 「僕も,一番,何より大切なのはアスランだけだよ?」 「ありがとう」 抱きしめあった体から,あたたかいものが生まれる。 今までにはない,そしてそれは永遠とも思える刻もずっとそのままであるだろう。 何よりも暖かく,そして優しい。 愛。 「これからやってくる年末も,お正月も,新年も,春も,夏も,秋も,冬もそしてまたその次の年もまたその次の年も,一緒に居て欲しい,キラ」 「もちろん。アスランこそ,ずっと僕の傍に居てね」 優しいキスをした。 |
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