愛するひと。



「お帰りなさい」

愛するひと声が聞こえた。





靴を脱ぐと,待ち構えていたようにキラが大きく重たい鞄をかっさらう。
「出張お疲れ様。 先にご飯にする?お風呂にする?」
「ご飯をお願いするよ。」
取引相手先に出向かい,自社の売り込みをするのが今回の出張の目的であったのだが,その目的は十分に達成された。
しかし,それまでには怒涛な日々を送り,宿泊先でもろくにご飯を食べることもままならなかった。
たった数日,とはいえどキラの手料理が今はとても恋しい気分だ。
お菓子系統はあまり得意でないという彼であるが,以前よりも随分と上手くなったように思う。
洗面所で手洗いを済ませ,ソファにジャケットを掛け,ネクタイを緩めてカッターのボタンをふたつ外す。
テーブルにつくと,火を通したおいしそうなそれらが順に並べられている途中だった。
「お代わりなら作ってあるから,言ってね」
いただきます,と言ってからふたりは箸を手にとった。
大根おろしがのったハンバーグ,その隣にちょこんとポテトサラダ,サーモンの大根巻き,シーザーサラダにじゃがいもをベースにしたかぶのスープ。
それらを順に口に運びながら,あることに気付いた。
「ごめん,こんな遅くまで夕飯待ってくれてたんだな。 
 すまない,ありがとう。」
そういうことは,キラの中では当たり前の感覚なのかもしれない。
何か―――喧嘩など―――がない限り,キラは必ず夕飯を待ってくれているのだ。
本人が気にならなくもと,それを自分の中では当たり前の感覚にはしたくない。
今日もありがとう,とそういう姿勢でありたいと思って,アスランはキラに詫びた。
「ううん,アスランこそ,いつも家でご飯食べてくれてありがとう。」
「?」
受け入れられてこそ,自分がお礼を言われるのに理解が出来なくて,アスランはへ,と言ってしまった。
「どうしてそんなこと言うんだ?」
自分は大切なひとの作った料理をちゃんと食べたくて,また愛しいひととの時間をたくさん作りたくて,こうしているのだが。
「他の家では,やっぱり忙しくなると,もう家で食事をとるのも面倒くさくなって,外食が増えるんだって。
 だから,せっかく作ったおかずが食べてもらえないことも多いって,本に。
 でも,アスランは違うでしょ?
 絶対に,どんなに遅くなっても家でご飯食べてくれるし」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。
 別に僕は外食もいいかな,って思うけど,それだと摂取する野菜が偏りがちになるでしょ?
 それに添加物も多いし・・・・・・それでなくても忙しいのに食生活だけでもちゃんとして欲しいもん」
だから,ありがとうなんだよ,というキラにアスランはどういう返事をしたら良いのか分からなくて,うんとだけ呟く。
見た目はぽわんとしていて,可愛いキラだが,中身はとてもしっかりしていて,聡い。
こういう時に,それをとても強く意識する。
「疲れているかな,って思ったから口当たりの優しいものを選んだんだけど,どう? 大丈夫?」
柔らかく,そしてあっさりとした大根おろしのハンバーグも,サーモンと大根から味わえる甘酢も,スープも,ただ適当に作ったものではなく,ちゃんとアスランの状態を見て作ってくれている。
「美味しいよ」
心から,アスランはそう言った。






夕飯を済ませてから,これもまたキラの手作りのマスカットの入ったシャンパンゼリーをふたりで食べてから,アスランはお風呂に入った。
オレンジの香りのするバスソルトが入ったちょうど良い温度の湯に身体をあずける。
はぁと大きく息を吐き,身体の力を抜いた。
詰まっていた頭の中を空っぽにさせる。
ぼんやりと,天井の雫の動く様を見ていると,扉から隔ててキラの声が聞こえた。
「ねぇ,僕もいっしょに入って良い?」
それは,甘えているような声であり,また断られても仕方のない,といった声音である。
自慢でも何でもないが,彼に頼まれて断ったことは片手に過ぎない。
それくらい,大事なひとで,大切なひと。
「いいよ,おいで」
言うと,ありがとう,という嬉しそうな声がすぐ聞こえ,それからまもなく扉が開いた。
シャワーで軽く身体を流してから,キラもバスの中に潜り込む。
アスランの要望で大きめに作られたバス,そしてバスルームは,男がふたりというにも関わらず多少の狭さを感じさせても窮屈間はない。
向かい合う形で座ろうとするキラの腰をアスランは持ち,自分の膝の上に座らせた。
「キラはここ」
両者が一方を見る座り方で,アスランはキラのかおを見ることは出来ないが,彼の耳が赤いことが何より心情を表している。
もー,と言いながらも満更ではなさそうなキラを,アスランは自分にもたれかかるように言った。
片方の手は彼のお腹に,そしてもう片方は肩や手を撫でる。
「ねぇアスラン」
呼びかけに,キラの鎖骨を撫でながら,アスランはゆるやかに返事をした。
「アスランってくくるの?」
「くくるのって・・・・・・?」
「髪の毛だよ,髪。」
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
突発な質問に質問で返す。
「だって,あの鞄の中から黒いゴムが出てきたから」
自分が風呂に先に浸かっている間に,衣類も整理してくれていたのか。
何から何まで気がつき,尽くしてくれているキラに,アスランは抱きしめたいという欲望に駆られそうになる。
しかし,理性を総動員させ,何とかおさえる。
「ああ,ゴムか。
 それなら,仕事中に髪の毛が邪魔だから,たまに髪の毛をまとめているからさ。
 そろそろカットの時期かな」
とぼやきつつ,視線をキラから他へ移す。
すると,ずっとアスランの膝でおとなしくしていたキラが急に向き直った。
「僕も見たい」
キラの視線を無視することが出来ず,彼の方に向き合うと,潤んだ目をした瞳がこちらを見つめていた。
風呂の所為で上記した肌と,その甘えた声。
「ねぇ,お風呂のあとにして見せて? 駄目?」
キラが気を遣ってくれているのだから,そういう方向へと進まないように欲望を必死に抑えたりしていたのだが,その壁もいとも簡単に潰される。
どうせ,疲れを癒すために,と明日は休みを取っているのだ。
ここで我慢しようとも,近日中にはそれも効かなくなるのは目に見えている。
「ごめん,キラ」
一言断りを入れて,アスランは自分の唇を彼のそれに重ねた。
閉じられたそこに,舌を入れ,開けるようにと何度か撫でる。
何度か繰り返したところで,キラのそれは開き,アスランの舌に自分のものを絡ませた。
二人が堕ちるのははやかった。










中で出してしまったものをきちんと処理してから,ベッドへ運ぶ。
隣に自分も横になった。
糊のきいたシーツはとても気持ちよくて,アスランは小さくキラにお礼をいう。
「・・・・・・ありがとう・・・・・・」
寝ている彼に届くことはなかろうが,それでもきちんと気持ちを伝える。
本当に,何もかも至りつくせりでしてもらっている。
こんなにも自分のために何かをしてくれている,愛しいひとをきっと離さない,と再び胸に誓いながら,キラを抱きしめながら眠りの底へと沈んだ。









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