知らない世界。1 |
行き着けのバーに入ると,見たことのない顔があった。 「いらっしゃい」 顔なじみになったであろう,ミハウに頭を下げると,声が返ってきた。 「どうしたの?前の彼は」 キラは笑って答える。 「逃げられちゃった。女のコの方がいいんだって」 「そう。残念ね」 グラスを磨いていた手を止め,ミハウはキラの髪の毛に伸ばした。 くしゃっと髪の毛を撫でてやると,甘えたような顔をした。 「ありがとう。でも,大丈夫」 にっこりと笑うと,そう?と心配そうな顔をミハウは見せた。 キラには女性と付き合うことが出来ない。 キラの父親は女を作って,母の元を逃げ出した。 母親一人で育てられていたが,ある日目を覚ますと母は居なかった。 身の回りの服や,化粧品を持って。 父親さえも捨てた自分を母だけは大切にしてくれている,とキラは信じきっていた。 だから,その現実を目にした時は,裏切られたような気持ちを味わった。 それ以来,キラは女性が苦手になってしまった。 だから,付き合うのも,女性ではない。 男性。 それだけではない。 キラには,そう簡単に人を信用出来なくなってしまった。 「大丈夫だって。それより,今日はあそこに見たことのない人がいるんだけど・・・どういう人か知ってる?」 笑顔のあるキラの顔。 強がりな性格,ひとに心配をかけさせないように,と気にかけているのだろうが,本当のキラはもっと脆く弱い。 それでも大丈夫,だというからこれ以上に問い詰めることは出来ない。 ミハウは諦めて,キラの返事をした。 「あの・・・あそこにいる一人で居る人よね?」 濃紺の髪の毛に,光るエメラルドの瞳。 整った顔は,そう簡単に見ることができないくらいの美貌だ。 「私も始めてよ。挨拶程度,しかしていないから・・・・」 キラはミハウの言葉を遮って,席を立った。 「行ってくる」 ここはゲイバー。 口コミで人を呼ぶ,小さな箱。 「こんにちわ」 気さくに話しかけると,男性はゆったりとした動作で顔を上げた。 「あぁ・・・・・・はじめまして」 やはり,あまりこういう所に来たことがないらしく,受け答えに戸惑いが隠れて見える。 「こういうところは初めて?」 出来るだけ媚びていないように,普通に話しかける。 「あ,うん」 座っていい?と尋ねると,どうぞ,と椅子を引いてくれた。 動作のひとつひとつが丁寧だ。 どこかの御曹司,とかだろうか。 「誰かから教えてもらった?」 それより,この男性はこのバーがゲイバーであることを知っているのだろうか? こんなに美しい顔をしていれば,言い寄ってこない女などいないだろう。 「知り合いから。ここは人の層もいいし,オーナーもいいと聞いたから」 「うん,確かにいい店だと思うよ,僕も」 間近に見る,男性の顔は本当に美しいととしかいいようがない。 肌の美しさが男性の顔を引き立てた。 「こういうところに来るのは初めて?」 「え・・・いや・・・・・まぁ・・・・・・・・」 答えるのは恥ずかしいのか,少し俯きがちだ。 「じゃ,初めての人は未だなんだね」 尋ねると,そうではないと首を振った。 「女の人?」 「うん」 本当はそういう嗜好の人ではないのだろう。 「じゃあ,まだ男の人はないんだ・・・」 言いながら思いついた。 「僕,抱かない?」 突発的に言われた言葉に男性は驚いたようだ。 目が大きく開かれている。 「お買い得だと思うよ。そこそこ慣れているし,そこらのいい加減な人間よりは後腐れは少ないはずだから」 決し媚びずに,誘うように。 キラは男性をおとすことに成功した。 そうして,キラは再び少しの時間を一緒にいることの出来る人間を捕まえた。 刹那の時間。 誰も信じず。 誰も愛さず。 その時だけの相手を見つける。 それでも,決してキラの心が満たされることはなかった。 ずっと孤独。 誰と居ても,キラは孤独だった。 そんな彼を満たす人間が,ここで誘った男性だとはキラは知る由もない。 だって,それはもう少し先の話なのだから。 本当の‘愛‘をキラが知るのは,もうすこし先の話。 |
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