旅の途中に






その夜,薬を扱う者に友人が訪れた。

「こんにちは」
可愛らしい声を持った彼女の髪が,ライトの下で綺麗に輝いている。
それはいつも綺麗なピンクで,キラはいつも目を奪われてしまう。
「いらっしゃい。 こんな夜遅くにどうしたの?」
床に落としっぱなしであった腰を上げ,彼女をソファに腰掛けるようにすすめる。
そしてキラはキッチンへと向かい,来客のためのお茶を煎れた。
「キラにどうしても会いたかったのです。 あなたに良くないことが起こっていると分かりましたから」
心配そうにキラを見る彼女は,占いを生業にしている。
生業にしているくらいなのだから,彼女の腕は一流で,またその占いも当たりやすいというから,国では有名な人間だ。
また,持っているこころが優しい人間で,キラはいつも彼女の姿を見るだけで,心休まる気持ちになるのだった。
「良くないこと?」
嘘をつくような軽々しいひとではないから,きっと何かを伝えようとしているのだが,しかしその何かがキラには思いあたりがないように思えて,彼女にそのまま返した。
「ええ。 それは今も起こっています。」
「今も・・・・・・?」
「そうです。 何か最近変わったことはありましたか?
 何かに触れた,とか,何かに出会った,とか,何かを家の中に入れた,とか・・・・・・」
具体例を挙げてくれる彼女のことばを反芻しながら一日一日を遡る。
「あっ! 分かりました。 この家の中に怪我人を運んだんです。」
「ではそのことかもしれませんわ。」
ラクスの言葉にキラは返事を返せなかった。
別に状貌から,とても悪いひとではないだろう,と思う。
剣士,そうではなくても戦いの中に身を置いている人ほど感覚が鈍ってしまい,大切なことを忘れていく。
その大切なことの中に含まれるであろう,常に感謝する気持ちが減っているのは,ひとつの書物に記されていた。
ベッドに上げたひとは過去にもひとりしか居ないのだが,ひとを助ける行為を今まで何度と無くしてきている。
しかし,御礼を心からいっているであろうひとは,指折りで数えられるほどだ。
その指折りに含まれる彼が,自分に対して良くないことを齎すとは,どうしても考えがたかった。
「良くない,ということしか分からなかったので,これ以上を申し上げることは出来ません。
 ですが,私はキラが心配です。
 どうか,もうこれ以上悲しいことには遭って欲しくないと思います。」
「ありがとう・・・・・・」
キラには,これ以上に返事を返す言葉をみつけることが出来なかった。



それでも,別にキラはラクスの言葉を全く信じていないわけでもなかった。
今ベッドに眠る彼の瞳は,あのひとを思い出させる。
その事実は,実際,キラのこころを揺すぶらせ続けているのだ。
それが「良くないこと」に直結してしまうのか,それはキラには良く分からなかった。
澄んだ宝石のような輝きを放つ瞳を持つひと。
だから,「良くないこと」だとラクスに告げられても彼を見放すことは出来なかった。
そんなあやふやな気持ちで,物事を判断するのは良くないだろうから。





底付くかもしれないと一時は危惧していたものの,野菜や肉,野菜はラクスが届けてくれたおかげで心配する必要がなくなった。
それらの栄養価の高いものを,出来るだけ刺激を与えない調味料を使いながら料理するのは,そう簡単ではなかった。
普段からあまり自ら料理をしようと思わないのだから,それもそうかもしれない。
しかし,そんな中で出来あがっていく,病人食特有の薄味と食べ応えの無い食事でも,男は残さずに食べた。
長い時間,言葉を交わせばきっとあの瞳に囚われてしまう,と思いキラは出来るだけ話さないように出来るだけ心がけている。
そして,その日も食事をチェストの上に置いてから,その部屋を出ようとした。
「あ・・・・・・」
男の声が発せられた。
無視してしまうのは簡単だったが,それはしてはいけないようなことに思えて,キラはその扉を取っ手から手を離す。
そして身体を,彼の方に向けた。
「何でしょう?」
出来るだけ不自然でないような声にしたつもりだが,大丈夫だろうか。
「ありがとう,こんな病人にベッドを貸してくれて,それからご飯も。
 でも,迷惑をかけているようなら,出て行こうと思うのだが・・・・・・。」
キラの心配はよそに,男は如何にも申し訳なさそうな顔をしている。
その顔を見て,あぁ自分は何をしているのだろう,と思えた。
「いえ,傷を持ったひとを助けたのは私です。 お気になさらないでください。
 私はあなたのことを迷惑などとは思っておりません。」
―――病人に気を遣わせるなど,持っての他であるのに,自分は己のことばかり優先してしまって。
後悔の念にさらされそうになるのに追い討ちをかけるようにアスランは言った。
「あまり話しをしたくはなさそうなので名前を伺うことも出来ない。
 自分がここに居させてもらうのが,あなたにとって不快になっているのか,と思っていた。」
運んできたときとは考えられないような柔らかい笑みを顔に浮かべている。
それを見ると,キラの中の罪悪感は更に増した。
「不快など・・・・・・!」
真実を告げることは出来ない,けれど嘘もつきたくはない。
どうしたら上手く説明できるのだろうか,キラは言葉を詰まらせた。
「思っておりません。 そのようなことは決して。
 ですので,兎にも角にも身体の調子をよくしてください。 それからお礼の言葉を聞きますから。」
結局何一つ言うことはなかった。
そんな自分が情けないような,遣る瀬無いように感じられて,キラは自分へ自嘲を向けた。
「あなたの食事で身体はきっとよくなっていると思う。
 しかし,はやく,と言われたところで俺自身が治しているわけじゃないからな。」
男は,まるでキラを慰めるように笑いかけた。











それからふたりは,食事時や男の傷の様子を確認するときに言葉を交わすようになった。
だからと言って,キラには薬を調合したり食事をしたりとしなくてはならないことも多く,そして男の身体にさわらないようにするためにも,あまり長い時間話すことはなかった。
主に男の目からの街のなかの様子が主な内容だった。
それにキラは尋ねたり,頷いたり。
優しい時間がふたりを包んでいた。
















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