旅の途中に |
森の中で倒れていたのを見つけたのは、そこにある草花を生業とする人間とは思えないような白い肌を持った人間だった。 苦しげに出される細い呼吸が生きてことを示している。 着衣を赤く染め上げてい る部分を手探りに触れていると腹の辺りがぱっくり口を開けていた。 「うぅ…… ぁ…」 小さく漏れた男の声に、キラは自分の服の袖を破りながら優しく答えた。 「今は話さないでください。怪我をしています」 開かれた男の瞳は険しく、しか しそれは痛みのためか弱々しい。 「私は敵ではありません。あなたを助けたいの です」 瞳を合わせて話すと男のそれは静かに伏せられた。 それを見届けると,再びキラは作業を始めた。 近くに生えているだろう薬草を塗れば尚いいのだろうが,今は時間がない。 もう少し早くに男を見つけていることが出来ていればそうすることも出来たのだが,今はなによりも時間がない。 破った服の破片を傷口にあて,少しきつめに包帯代わりに巻く。 張り詰めていた息を少し吐き出してから,キラは男の大きな身体を起こし,手を自分の肩におかせた。 「そう遠くないところに家があるので,痛むでしょうが少し歩いてください」 見るからに薄い背中であるが,力はかなりある方だ。 男の手と背中を支えて,キラは短い道のりを歩き出した。 それから男は三日三晩寝続けた。 家に帰るなり,キラは自分の寝台に男の身体を寝かせた。 それから,服の欠片を巻いただけの傷口の血をふき取り,常時置いている薬草と,それと同じもので作られた薬湯を棚から取り出し,男の患部にあてた。 強い成分が入っているために,酷い怪我であるのと重なってかなり痛むであろう,しかし男は瞳を開けたままキラの行動をじっと見詰めている。 「痛くはありませんか?」 「多少は。だがこれが生きている証なのだと思わばそう苦しくもない。」 傷口に薬草を塗りこめると,こんどは虫や樹の皮からとれた成分で浸した布を当て,その上から包帯を巻いた。 それから,キラは薬湯をコップに移し,男の口にあてた。 「苦いですが,これもあなたの身体をよくするためのものです。」 ありがとう,と小さく返すとゆっくりと男はそれを飲み干した。 舌と喉に焼けるような苦さが襲う。 それを見越して,キラは空にしたコップに水を注いだ。 「これを飲んだら,お休みになってください。何か用があれば呼んでくださってかまいません。 それから,この地にはひとが入ってこないようになっていますから,どうぞご安心ください」 「ああ,世話になる」 静かにキラは扉を閉めると同時に,男に睡魔が襲った。 久しぶりに目覚めた男に,キラは粥を用意した。 胃には残らないだろうが,今はその胃に残らない,胃に優しい食べ物の方がいいはずだ。 湯気のたったそれを寝台へと持っていくと,男は美味しそうに食べた。 「世話になりっぱなしで申し訳ない」 「そんなこと仰らないで,今は十分休んでください。身体を休めるのが第一です。」 「ありがたいな,その言葉は。どうにもこうにも,この傷じゃ,身体を起こすのも一苦労だからな。 体力はあるほうだと思っているんだが,何分回復が追いついていないんだろうな,きっと。」 そう言って男は自嘲したように笑う。 「そういえばあなたの手際はとても慣れているように見えるのだけれど・・・・・・俺みないな人間はよくここに来るわけ?」 それからぐるりと寝台の置かれた部屋を見回す。 物は特に置いていない部屋だ。小さな明かりとチェストと壁に掛けた絵が,部屋の中に置かれている。 それから,自分の身の丈に全く合わない刃と。 「よく,ではないですね。一度だけ,ここで休んでもらったことがあります。」 「その時のものがあの剣なのか?」 鋭い刃が光る。 「ええ。」 上手く笑うことに長けた笑みを唇に浮かべる。 「いつだ?」 急な問いにキラは,は?と返しそうになるのを寸前で止めた。 「もう,最近のことではないだろう?」 問う男の瞳に遊んでいるようなものはなく,それは倒れていた時の瞳とは考えも出来ないやわらかい色である。 吸い込まれそうになる男のそれから視線を外す。 何もかも見抜かれているような気がしてキラの心臓は早鐘を打った。 「どうして?」 一体なにを根拠にそう尋ねるのかと問い返すと,男は少しだけ瞳を細めた。 それは一瞬のことで,すぐに元に戻る。 「使っていると,剣からその匂いがするものだ。 血を刃にうけているんだからな。 それが剣自身の光と伴って匂いとなすんだ。 しかし,あれは違う。 ただ置かれた骨董に近いものになっている。 使ってやらないから剣自身の輝きを失っているんだ。 もちろん時間を空けずにあなたが磨いているんだろうが,それだけの輝きで,剣自身にはなんの匂いもしないからな」 「やはり,普段から剣を使ってられるかたから見ると,すぐに見破られてしまいますね。 そうです,あれはあなたの言うように,もう長い間使われずに磨いただけのものです」 抗うことはもう出来そうになくて,しかし溢れそうになる言葉を胸に押し込める。 微妙な,それでも核心に触れないように境を歩く。 「磨く癖がついてしまったみたいで。 好きなんですよね,剣が」 嘘はついていない。 それでも,男の瞳を見ることは出来なかった。 翡翠の宝石が眩しく見える。 「こんな話はいいのです。それより,早く休んでください」 漂う雰囲気を破るように,キラは腰掛けていたベッドを立った。 これ以上男と顔を合わせていると,何を言ってしまうか分からない。 「いい時間つぶしになったでしょう? ですから今は身体を休めて早く傷を治してくださいね」 逃げるようにキラは扉を閉めた。 こんなのじゃ駄目だ・・・・・・ 寝台の置いている部屋を急いで出ると,キラはぺたんと腰を抜かした。 嘘を許さないというようなあの瞳の中に自分が映っていると思うと,居ても立ってもいれないような感覚に捕われる。 戦慄くからだを,キラは自分の腕で抱きしめた。 大丈夫,大丈夫・・・・・・ 自分を慰めることに慣れきった言葉を,何度も身体に植えつける。 そうすることでしか,自分を立ちなおさせられなかった自分が情けなく,しかし仕方がないのだとも思う。 しかし,今回はそんな使い古したもので身の震えを止めることは出来なかった。 あの瞳が,キラの身体をふるわせる。 それはあの愛しいひとを思い出すのに十分な要素となりえた。 |
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