大切なこと。

第6話*ストレス





気温がぐっと冷え込んできた。
コートで身を包んでいるところは暖かいが,それに反して顔が寒い。
手は手袋。首にははアスランがくれたマフラー。
仕事場には暖房がつきだした。



「そろそろお昼に行きません?」
ニコルが誘ってきた。
「え,もうそんな時間だっけ・・・」
壁にかかった時計を見ると正午を少し回ったところ。
「そうですよ。今日のキラさん,結構真剣にやってますね」
「そうかな?あんまり進まないよ」
笑って,席を立った。

近場にある定食屋に入ると,こそこその賑わいだった。
昼近くもなれば仕方のないことだ。
空いている席を目で探して,辛うじて空いている二人席に,二人は向かった。
「最近本当に冷えてきたねぇ。僕,布団と毛布から出てくるのが最近憂鬱だよ」
「僕もです。起きたときの部屋の寒さが身に沁みますよ。今日もうどんにしようかな。キラさんは?」
「うん,僕もうどんにする」
若い,バイトであろう女性に注文をすると,ふたりは出されたお絞りで手を拭った。
「本領発揮時ですが,どうですか?」
急に訪ねたニコルの質問に,キラは意味を捉えることが出来なくて首を傾げた。
「本領?」
尋ね返すと,そうです,とニコルは頷く。
「それですよ,それ」
ニコルが指差す先は,コートとマフラーをかけた椅子だ。
その先を視線で追うが,意味はさっぱりと分からなかった。
「未だ分からないですか,マフラーですよ,マフラー」
「あぁ,そのことか・・・。なるほど,本領発揮,ね・・・・・」
やっと気がついて,意味を理解したキラは頷く。
「キラさん,僕の質問に答えてください・・・」
疲れたように言うと,キラは慌てて応えた。
「ごめん,うん。暖かいよ」
にっこりと笑いながら言うと,そうですか,とニコルは微笑んだ。
「よかったですね」
「うん」
「どうなんですか,彼女とは?仲良くいっていますか?」
彼女とうまく。
彼女ではないけれど。
うまくいっているようには思わないけれど。
「うん。結構ね」
「いいな・・・幸せそうで。僕も彼女が欲しいです」
あれから,再びアスランとはすれ違いの生活が続いている。
会話もほとんど交わしていない。
仕事が忙しいのだから仕方がない。
そう,キラは自分自身に言い聞かせている。
「ちゃんとニコルにだって出来るよ。大丈夫だって」
自分があやふやなのに,人の応援を出来る立場なのだろうか。
ふと,そんなことを思った。

運ばれてきたうどんを食べ終え,職場にそろそろ戻ろうという時間になった。
ふたりで席をたち,財布を取り出す。
レジに着く前にはいつでもお金を出せるように小銭を手にしている。
今日も普段と変わらずお金を出そうと思ったときに,キラはいくだお金を払うのか分からなくなった。
―――あれ・・・・・
うどんはつい二週間ほど前から毎日,昼にニコルと食べている。
どのうどんを食べても確か値段は同じで,ここずっと同じお金を払い続けている。
それなのに,今その値段が分からない。
出されるメニューを見れば分かるのだが,それはテーブルの上にしか置いていない。
値段の分からない,思い出すことの出来ない現実にキラはうろたえた。
「どうしたんですか?キラさん。お金は?」
いつの間にかレジ前まで来ていたようだ。
しかもニコルもとっくの前に清算をしているようで。
「あ,ごめん」
謝ると,ニコルは勝手にキラの手から財布を取り,定員にお金を払う。
ありがとうございました,と声の響く箱をふたりは出た。

「どうしたんですか?ぼぅっと突っ立っていて・・・」
「ごめん・・・値段を忘れてしまって・・・・・・」
値段を忘れた,というにはキラの表情は未だに青白い。
「値段くらいでそんなに青ざめるものなんですか?ちょっとド忘れしただけでしょう?」
何でもないことだ,とニコルは言うが,キラには何も言えなかった。
「ここんとこ,最近もの忘れが結構あるんだ・・・・それに繋がるキーワードになるような言葉を聞いても見ても,全く思い出せない・・・・」
声と表情が普通でないことを察したニコルは,キラに言った。
「もし,気になるのなら紹介しましょうか?医者を」










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