大切なこと。 第10話*予感 |
コンペの最終チェックを行うために,パソコンの画面を確認していると内線が入った。 「最上階へ来て欲しいとのことです」 言付けをしてくれた女性社員に礼を言うと,アスランは椅子を立った。 最上階―――即ち社長室―――へのボタンを押すと,箱はゆっくりとあがり始めた。 一体,どういう用事があるのだろうか。 何か自分が失態をおかしたとは思えないし,そういう記憶もない。 普段は仕事に私情を挟まない人間であるというふうに父を見ているが,たまにそうでなくなることもあるひとだ。 もしかしたらお見合いのことかもしれない。 それは尋ねられると実に困る部分でもある。 嘘をつくのが無理だとか,それをするのは後ろめたいなどというまともな理由ではなく,理由は他にある。 彼女がどういうふうに行動するかによって,ある程度父への話し方が変わってくるの。 大丈夫だと言えば,最終的な結果に激怒するであろうし,かといって全く先が見えないなどというとまたそれも然りであろう。 出来るだけ穏便に済ませたいというのは,ザラ家に生まれてきてこそ身についた願いというのか。 暫くして,箱が到着を告げる音が鳴った。 直通になっている社長室の手前にある秘書室の一角に座る女性にやって来た旨を伝えると,どうぞ中へと案内された。 時間はしっかりと時を刻んでいるが,アスランの手は全く動かなかった。 すでに、高かった日差しは,今はもう深いオレンジ色に染め上げられている。 ブラインドの隙間から差し込むそれが眩しい。 どうしても,何もする気にはならなくて,アスランは席を立つ。 食べ逃した昼ごはんを買いに行くため,会社を後にした。 しかし,お腹が減っているというわけでもなく,何となく会社から逃げる理由だてのようにしたために,コンビニやスーパーに入る気には全くなれない。 ぼんやりと歩いていると,行き着けのコーヒー専門店からいい匂いがする。 そこでクラブサンドウィッチでも食べようかと,店の扉を開けた。 時間的に帰宅ラッシュ時間なのか,客が多い。 座っていた客が開けた四人がけの席に腰を下ろし,背広を置くと注文場に向かった。 注文するのを待つにも,レジが複数あるにも関わらずならばないといけない状態である。 待っている間に,何を注文しようかと考えていると,込み合った店内の入り口を潜る客の中にビアータを見つけた。 席の埋まった店内を見て歩いている。 「こんにちは。もし席がないなら,俺が座っている席によかったらどうぞ」 並んでいた列を抜け,彼女の前へと進むと,吃驚したようにこちらを見ていた。 「助かります,本当にありがとうございますね」 嬉しそうに礼を言われればアスランも悪い気はしなかった。 互いに注文を済ませ,席をつく頃にはもう外は暗くなっていた。 「どうかなさったんですか,コンペの方で何かトラブルがあったのですか?」 顔色があまり良くないという彼女の観察力は,本当にすごいと思う。 会社の人間には何も言われなかったというのに。 「この間の呼び出しでトラブルの方はちゃんと解決したんです。コンペの方は,あと資料作成のみなので,何とかなりそうです。」 「悩んでられるのなら,話せる範囲でどうぞお話なさってください。アドバイスくらいなら出来るかもしれません」 優しくわらう彼女は,本当にやさしいなぁと思うと同時に,本当に今の恋人に愛されているのだろうと伺うことが出来た。 「実は,辞令が出るそうなんですが,それが新しい支店の方になるそうなんです。それがNシティのようで・・・・・・」 何を言われるのかと色々考えた末父から,社長から告げられた内容とは,コンペが終了次第支店舗の方に行け,というものだった。 新しく出来るそれは,丁度飛行機を乗っても九時間が下らない場所にある。 そうなれば,今住んでいるところから出て行かないといけないのは必須であろう。 「それは貴方にとって,どこが悩む理由になっているんです?」 「もう・・・・・・良いなりになるのはもういい加減嫌だと思っていたところなんです。 期待されているから良いなりになるという訳でもありませんが,別に何とも思っていないのに,俺を自分のもののように扱う父の言うことを聞きたくないのです。 それから,未だここを離れるわけにはいかないんです」 「どうして?」 「俺にも,分かりません。 けど,何かが俺を待ってくれているような気がするんです・・・・・・」 |
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