大切なこと。

第12話*月日がもたらすもの





身の振り方は決まった。
思わぬところに,ありがたい話が舞い込んだお陰だ。
ビアータの彼氏が話してくれたことはとても,アスランには都合のよいもので。
お礼を述べると,「きっと貴方なら遣り遂げるのではないかと思います」と言われてしまった。
これは,どうやらこれからの頑張っていく上でのエネルギーになるようで,アスランは思わず苦笑いをしてしまった。









無事勝利を勝ち得たコンペは部下に引き渡すための資料をフロッピーに落としてから,アスランは陽の暮れた夕焼け色の差し込む課を出た。
ポケットの中から書類を出し,エレベーターへと乗り込む。
丁度待っていたその箱に乗り込むと,アスランは最上階へと行き先を押す。
閉まる扉をぼんやりと見つめていると,ふと思う。
少し前に,こうして社長室に行くためにこのエレベーターを使ったのを思い出した。
あの時は,一体何を言われるのか検討もつかなくて,色々話される内容を考えあぐねていた。
自分の,父に堂々としていることが出来きないものがあり,それを問われるのかと子供心ながらにびくびくしていたのだ。
そんな頃が少し懐かしい。
長い月日があった訳ではなく,ほんの少し前の出来事であるにも関わらず,それはもうずっと以前のことのように思える。
知らず知らずのうちにアスランの口の端には笑みが浮かんでいた。
それは気持ちの余裕から出てくるもので。
チンと鳴り,開く扉の外にアスランは足を踏み出した。

話があります,と切り出すと社長――義父は怪訝そうな顔をした。
無駄に大きいとしか思えない重厚間を感じる机の上に白い封筒を置くと,アスランは一息にいった。
「辞職いたします」
言うと,義父の目はちらりと白いそれに寄せただけで,じろりとアスランを見つめた。
「理由はなんだ」
どう行ったらよいのか,遠まわしにいくべきなのか,それとも。
少しの時間を要した。
「もう父の言い成りになるつもりはありません」
「・・・・・・」
「ビアータのことも受けることは出来ません。 結婚相手は自分で決めたい。 あなたに選んでもらいたいとは思わない。」
ひとつ息を吸い込んで,アスランは付け加えに,と告げた。
挑むように,義父を見つめる。
強い瞳が合ってはいるが,そこには火花は散らなかった。
「もとより,俺は全く結婚するつもりはありませんけれど。」
これは,ビアータと話していて,自分の中で強く考えるようになった。
ここに未だ,居なくてはならないような感触。
それはきっと,今は未だ顔を見ることも適わないひとであるとアスランは思っている。
「辞めてどうする」
義父の重い声は,幼い頃からとても怖く,恐ろしいと思っていた。
このひとの言うことを聞いておけば,自分はきっと怒られないはずだと,何度胸の中で思っていたことだろう。
しかし,決意を決めた今,彼の声は昔のようには感じなくなっている。
恐れていた頃,それは力も無く,生きる術もなかった。
親の脛をかじって生きていた少年時代。
「それは自分で決めています。 したいと思っていたことが丁度運良くできそうなので。」
言うと,彼らしくない小さな声が聞こえた。
「そうか・・・・・・。」
沈黙が部屋の中へと下りたが,それはとても重苦しいものではないようにアスランには感じられた。
「・・・・・・受理した」
「ありがとうございます」
「就業規則では一ヶ月以内となっているが」
「はい,来月末にお願いします」
頭を下げてから,アスランは来た道を戻ろうと,父に背中を向けた。
全く予想もしない義父の反応に,少々信じられなかった。
もしかすれば,家の敷居に跨るなと言われるかもしれないと覚悟を決めていたが,そんなものは全く必要なかったようで。
扉に手を掛けときに,声がかかった。
「ミハウが待っている。 また家に顔を見せに来なさい。」
「・・・・・・ありがとう,ございます」
アスランの背中で扉が閉まった。





父が死んで,義父が来て。
父は厳しいひとではあったけれど,とても優しくもあった。
そんな彼がとても好きだったのに,彼は死んでしまった。
その代わりに来た義父は嫌いだった。
金と横柄さが嫌いだった。 許せなかった。
しかし。
家に金がなく,病院にも行かしてやれなかった義父の妹の話だとか,設立した会社の金を持ち逃げされて大きく借金を抱えてしまったとか。
むかしに,嫌々聞かされた義父の話を思い出す。
義父もなりたくてなったわけではないのかもしれない。
彼にも彼なりの事情があり,それを根に今まで生きてきているのだろうから,そういう生々しい嫌な一面が見えるのも,義父になる上では仕方が無かったのかもしれない。
レノアも,それに便乗するように仕事を辞めたのだと思っていたのだけれど。
きっと彼女も生まれた新しい子どもの世話を自分でしようと思ったが故に仕事という道を閉ざしたのかもしれない。
自分は,レノア直接の手で育ててもらえなかったけれど。
金と横柄しか持ち合わせていない両親に育てられれば,きっと彼らに似た子どもが育つであろう。
子どもは親の背を見て成長していくのだ。
けれども,ミハウは,とても笑顔の可愛らしい,人懐っこい性格をしている。
きっと,義父と母が大切に育てているのであろう。
今までずっと憎く思えていた自分の,半分しか血の繋がらない弟。
もしかすれば,義父は少なからず弟を憎く思っていたことに気付いていたのかもしれない。
いつも,あまり会わなくてもいいようにしてくれていた。
決して義父を父のように好きになることは出来ないだろうけれど,それでも昔のように嫌悪感をいまはそう感じなかった。

長い月日が感情の形を変えていくのを,アスランは今知った。











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