大切なこと。

第1話*空っぽ





今、職場に向かわなくてもいいキラは、よくぶらぶらと街中を歩く癖がついていた。
昼間、財布と携帯だけを持って、散歩がてらに歩くのだ。

結局、アスランの家を出てからも、物忘れが直ることはなく、酷くなっていくばかりだった。
仕事ではミスも増え、ひどい時には、自分の名前を呼ばれても反応が出来ない、という始末で。
見かねたニコルが上司に話を持ちかけ、今までには有りえなかった数ヶ月の休職扱いとなった。
キラの仕事に対するミスは増えていたが、それでも社内の1、2を争う有能な社員でもあるために、上司もなかなか首を縦に振らなかったが、キラの瞳はだんだんと光を失うのを目の当たりにし、納得せざるを出来なくなったという按配である。

当事者であるキラ自身、勝手に休職にされた、と当初は思っていたが、暇な時間を過ごすということも滅多に出来ることではないために、存分に有効活用しよう、という訳で、普段ならば絶対に起こさない行動、散歩に出た訳だ。
それでなくても普段からパソコンと睨めっこなために、身体は疲れきっているのに、休みの日をわざわざ潰して出かけようとはしなかった。
出来るならば家で、と普段なら考えるところであるが、折角の休みなのだから、と、できるだけ気持ちよい外の空気に触れるようにしている。
今までならば、自宅と会社の往復が多かったために、季節の変わり目を感じたことは殆どなかったように思う。
唯一、アスランとデートをしたときにこそ、変化に気づいていたが、一人で家に住むようになってからは、必要以上に外出する気にならず、一日の殆どを室内で過ごしていた。
毎日外に出ていると、少しずつ今の気候が冬に変わりつつあるのに気がつく。
空はだんだんと遠くなっていくし、雲は、夏のように大きな雲ではなく、綿のような雲が多くなってきた。
季節は確実に冬へ向かっている。
そう、アスランと別れた去年から、そろそろ1年が経つのだ。






気の早いところでは、ハローウィンが始まる前からクリスマス気分の店などが多い。
特にデパートなんかはクリスマス商戦なんかが繰り広げられるのだから、出来るだけ客を引きつけようと必死の証なのかもしれない。
恋人とのイベントと捕らえる人も多いだろうクリスマスは、キラにとって寂しいもの以外の何者でもなかった。
去年は、寂しいクリスマスだったなあと思う。
どうしてそうなったか、と最近考えることがなくなった。
というよりは、考えられなくなっていた。
何より自分でも、少しおかしいなあと思うのが、アスランの顔を思い出せなくなっていることだ。
アスラン・ザラ。あおい髪の毛に、翡翠色の瞳。
それは分かるが、顔の輪郭や、表情など、何も思い出せないのだ。
すごくすきで、すきで、自分よりも大切だったはずなのに、何も思い出せない。
楽しかった記憶もきっとあるはずなのに、それさえも分からないのだ。
ただ、クリスマスの夜はとても寒くて、心臓がぎゅっと縮まった記憶があるだけ。
きっと、本人を見ても誰なのか判断出来ない、妙な自信まであるから、本当におかしいのかなと思う。
カウンセリングの先生が言うには、相当らしいけれど。

最近、散歩の途中の楽しみのひとつになっているのが、カフェに入ることだ。
全国チェーン店として出ている店だが、コーヒーの値段はそこそこ高いが、なかなか美味しく、散歩途中の休憩に、よく飲むようになった。
シーズン限定のものもあり、中々楽しめる。
今日もいつもと大体同じくらいの時間につき、店へと入った。
バイトさんとも顔なじみになり、目が合うとにっこりと笑ってくれる女性店員も多い。
「いらっしゃいませ。今日は何に致しますか?」
「うーん・・・このチョコミントモカをお願いします。これってクリスマスシーズンのみ?」
「そうですね。サイズはいつものトールサイズで宜しいでしょうか?」
「うん、お願いします。」
カードを差し出し、料金を払う。
「お客様のクリスマスのご予定は?」
「あはは、店員さんこそ、彼氏さんとかいらっしゃらないんですか?」
「最近振られてしまったので。今年はここのシフトに入ってますよ。
 とかいうお客様は?きっと美人さんか、可愛らしい彼女でもいらっしゃるんじゃないですか?」
「今は寂しい独り身なんだ」
勿体無い、と言いながら、作り上げたコーヒーを受け取る。
ごゆっくり、という言葉で話しは終わり、キラは店の奥まった席についた。

店の中には、座席いっぱい、とまではいかないけれど、そこそこの人で賑わっている。
特に近場にある大学の生徒などが多いのだろう、友達同士、恋人同士、といったかたまりが多く、それぞれ思い思いの時間を過ごしている。
以前ならば、こんな時間にカフェに来たことなど一度もなかった。
いつも込み合った夜頃か、ラストオーダー頃にしかカフェに来ることしか出来ず、椅子にこしかけ、優雅にコーヒーをすするということは殆どなかった。
コーヒーと言えば、いつも豆を轢いてた記憶があるけれど、それを自分自身で飲んだことは殆どない。
あれは一体、誰のために轢いていたのだろうか。
とりとめもないことを思い出し、キラはコーヒーを啜った。










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