大切なこと。

第2話*邂逅





……。
目をゆっくり開くと、そこには暗闇が広がっている。
薄く灯すオレンジ色の目に優しい光に照らされて映す時計の針は深夜と明け方の丁度真ん中くらいだった。
どうやら夢を見ていたらしい。
しかも、自分が苦しんでいる夢。
いつものことではあるが、どういう夢を見ていたのか、さっぱりと思い出すことが出来ない。
それは思い出すことが出来ない、というのは一般的らしいのだけれど、嫌な感情は目が覚めた後でも残っているというのに、自分がどういう状況にいたのか、ということを思い出せないのは、気が落ち着かない。
元から夢を見る性分ではなかったが、会社を休職してから、夢を見る回数が以前に比べて、少しずつ増えているように思われた。
また、他のひとと話していて、違うと感じる点は、夢の中にいる自分が、夢の中の出来事、と判断出来ないこと、というのがある。
どんなに苦しい状況下にいても、どうやら他のひとは「自分は夢の中にいるから大丈夫」と思えるらしいが、キラにはそういった記憶はない。
それを夢と判断することが出来ず、いつも必死で怖くて、そしていつしか目が覚める。
夢を見たあとは、酷く身体がだるい。





今日は散歩がてら、というのは大変おかしい話であるけれど、クリニックに行きカウンセリングを受ける予約日のために、そこへも向かわなくてはならない。
普段歩く道は、そのクリニックと全く正反対の方向になるので、今日はいきつけのカフェにも寄れそうにない。
どうにもカウンセリングがすきにはなれないキラにとっては、更にコーヒーと飲みに行くことができないという状況も相成って、今日は嫌な日だなあと思うのだ。
ベッドを降りると、洗面所に向かって寝巻きからラフな服に着替え、いつものように適当に部屋の掃除をし、リビングにある観葉植物に少しの水をやり、少し気が落ち着いたところで、朝ごはんの準備をする。
今日の朝食は、昨日パン屋で買ったクロワッサンと、フライパンで簡単に焼いたチーズとベーコン。
淡々と食事を終えた後その片付けを済ませ、洗濯物の乾燥の準備をして、日課の散歩と嫌いなクリニックへと向かうために部屋を出た。





外に出ると、いつものように明るい陽は射していなかった。
変わりに落ちている影は少し暗く、空にはそれと同様の暗い雲がどんよりと浮かんでいる。
どうやら、今日は雨が降るらしい。
もう一度鍵を開け、部屋から傘を取り出し、再び鍵を閉めたところで、キラは外の世界へ繰り出した。

雨が降るかもしれない、という天気にも関わらず、ひとが道かう数いつもとそう変わらない。
雨なんて、気にならないのか。それとも、雨が振る前に済ませたいことがあるのか。
よく分からない。
いつもとは違う風景の中を、ゆっくりとした歩みで歩いていると、公園が見えてきた。
視野の邪魔にならない程度に生い茂っている低い木などが等間隔に植えられている、広めの公園には、子どもひとりいない。
誰にも座られていないブランコも、何となく寂しそうである。
キラはふらりと公園の敷地内に足を踏み入れた。
ここの地域には、1年ほどまでに越してきたので、この公園で遊んだことなどは一度もないのだが、どういう訳がこの公園が、とても馴染みのあるように思える。
そもそも、自分の記憶の中に公園で遊んだことがあったとか、そういうものが全く無い。
もしかしたら、小さい頃はたくさん遊んでいたのが、たまたま忘れられたのか、それとも今のこの病気か何かの所為で忘れてしまったのか、それすらも分からないけれど。
自分は一体どうなっているのか。どうなっていくのか。
漠然と広がる不安と、それでもいいじゃない、と思う心が存在する。
自分はどうすればいいのだろうか。
考え出すと頭が痛くなって、しゃがめば、キラの目に入るものがあった。
おおよそ、公園に不似合いな段ボール箱が、ぽんと置かれている。
何となく気になって、その方向へ歩いて、その茶色い箱を覗くと、ピンク色の毛布がぐるりと何かを巻きつけているようだった。
くうん、くうんとする泣き声。
その暖かそうな布を捲ると、白に黒い斑点を持った犬が一匹、こちらをじっと見つめていた。





「ちょっと、ここは動物病院じゃないんですからね、院内に動物をつれて入らないで下さいっ!」
非常識、とでも言いつけるような、受付の女性の声に、ふたりは目を合わせた。
「受付嬢が怒っているようだが?」
「そのようですね。一体何が起きているのでしょうか?」
ひとりの、私服を着た男性と、白衣を着た女性が室内を出、受付の方を見てみると、訪れた客がダンボールを抱えて受付の女性を話していた。
「だから、今日ここで予約が入ってるんです。けど、捨て犬も拾ってしまったんです。じゃあ、あなたはこの犬をもう一度捨ててきてから、ここに来いと仰るんですか?こんなにも寒い冬の空の下に?」
負けじと言い返す、茶色い髪を持つ男性に、白衣を来た女性はまあ、と声を上げた。
「どうやら、今日予約を入れて頂いている患者さん、ですわね。」
「患者?」
「そうですわ。ここ1年ほど通っていらっしゃるのですけど……もしかすると、お知り合いの方ですか……?」
銀のうつくしい髪を持つ、彼の目をやると、信じられないというような目をしている友人が居た。
「……ああ。…・・・でも……一体どういうことだ?何かあったのか……?」
さっぽりと理解できない、といった風な彼の様子も気にはなったが、それよりも目の前で繰り広げられる、受付の子と患者の遣り取りが一向に終わらないことをどうにかするのが先決であると、彼女は、その場へと入っていった。
「メイリン、もういいですわ。彼に何か事情があって、その犬を持っていらっしゃるのでしょう?今日は、私が認めます。キラさまも、出来るだけクリニックに犬を持ち込まれる、という状況をお作りにならにように、お願い致しますね。」
そういって、キラの方に向き直ると、キラも銀髪の彼に気が付いたのが、目を見張らせている。
まあまあ。
ひとり、ピンクのくるくるした髪をひとまとめにしている、白衣を着た女性は、二人の形相を見つつ、一体どうしたものか、とダンボールの中にいる犬を眺めた。
どうやらダルメシアンらしい、白地に黒い斑点を持つその子犬も、くうん、とひと鳴きした。












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