つないだ指の先。 後、一週間……。 |
そんなことを痛む胸で考えながら,カレンダーにバツ印を入れた。 会社に出勤するために,いつもと同じように家を出た。 見上げた空は,梅雨だというのに,晴れやかな空をしている。 その青さはキラの心と比例するかのように澄み切っていた。 雲のない空は,キラにとってとても爽快な気持ちにしてくれるような代物ではない。 人口の冷えた風を受けながら,地下鉄のホームに下り,会社へと一本で行ける電車へと向かった。 早い出社のために,電車もそれなりに早いものに乗らなければならない。 客数の少ない電車の座席へと腰掛け,キラは速いスピードで移り変わる景色をぼんやりと眺めながら,鉛のように重い心の中でどうにもならない事を考えていた。 自分の課までエレベーターを使ってしまえば,そこには少しの人影があった。 ロッカーに鞄などをしまい,自分の席につくと,少し離れた席から挨拶がかかった。 「おはよう」 声の主―――上司へと顔を向け,キラも遅れた挨拶をした。 「おはようございます。すみません・・・・・・挨拶が遅れてしまって。今日はいつもより大分お早い出社ですね」 周りを見れていない癖がまだ治っていないようですと付け加え,キラは視線を自分の机に向けた。 ノートパソコンに電源を入れ,机に溜まった仕事の中身をチェックし始める。 そんなキラを見届けると,声を掛けた上司はキラの仕草をゆったりとした,しかし苦いものを含んだ目で見届けると,再び手にしていた書類に視線を戻した。 周りを見れていない―――・・・・・・そんな言葉は嘘だ。 きっと,嘘であることを誰よりもキラの上司は知っている。 それについて深く問い詰めないのは,幼馴染としての名残なのかもしれない。 あいさつの遅さ―――本当なら部下が上司よりも先にすべきこと―――に対して何も言わないこともその理由のひとつだろう。 普通なら許されることではないし,そして現に他の部下にも許したことはこの上司にはないのだから。 それは自分にとってありがたいことなのか,それとも集団世界の中ではよくないことなのか? キラはそんな事を考えながら,メールの受信ボックスを眺めていた 始業時間が近づくにつれて,課の人間が増えてくる。 もうそんな時間なのか,とキラは首を上げた。 微かにコキッと鳴った首を建て横に振れば,同僚のひとりから声が掛かった。 「えらく早くからきているんだね?なんだか顔色が悪い・・・・・・大丈夫?」 いち早くキラの姿を目に捉えたビアータは尋ねた。 キラは大丈夫だと言って笑う。 「ちょっと調子が悪いだけ」 「どうせ,また寝れていないんでしょう?また考え事?」 恋煩い,しかも同姓の。 そんな事はまさか言うことも出来ずに,大まかな考え事だとビアータには少し前に話したのだ。 あながち考え事だという線で間違いはないだろう。 しかし,ビアータとて恋煩いなんて思ってもいないことだろう。 ほどほどにしなよという言葉を終わりに二人は仕事を始めた。 長くもなく,短くもない仕事をしている内に就業時間は終わり,課には一人の上司だけが残っていた。 濃紺の,少し癖の入った艶のある髪の毛。 美しい宝石,エメラルド・グリーンを嵌め込んだような澄んだ瞳。 形の良いスラっとした鼻に,少し厚みのある唇。 そんな美貌という言葉の似合う顔を見つめていると,上司はふと顔を上げた。 「俺の顔に何かついてる?」 そう尋ねられても,顔に何かがついている訳ではなく,しかしだからといって貴方の顔に見惚れていましたという言えるわけがない。 慌てて,キラは顔を横に振った。 「そう・・・・・・あ,もうこんな時間か。そろそろ帰らないのか?」 時計はいつの間にか9時前を指している。 「あ,はい。僕もそろそろ帰ろうと思っていたところです」 そう言って,キラは手早く書類を上書き保存し,電源を落とす準備にかかる。 そんなキラに上司は静かに歩み寄った。 手には鞄を持ち,いつでも帰れる体制をとっている。 「せめて二人きりの時くらい,名前で呼んでくれないか?敬語も止めてほしい」 何度聞いたセリフだろうか? 上司の切なそうな声を聞きながら,キラは苦しみに攀じれそうな心にいくつものシェルターを引き,いつもと変わらない声音で告げた。 「上司である貴方に対して,もう呼び捨てなんて出来ません。いつみんなの前で,癖で貴方を呼び捨てにするか分かりませんから。 敬語はもう癖なので・・・・・・」 そう言われて上司も引き下がる他はない。 上司は苦渋に満ちた顔を引きつらせながら,キラへと笑いかけた。 「そうか・・・何度もすまないな。じゃあ,俺は帰るから」 そう言ってエレベーターに向かおうとする上司の左手の薬指を思わず掴んだ。 「あっ・・・・・・・・・」 その仕草は,幼年学校時からアスランに向かってだけ,ただでも全く自己主張をしないキラの唯一の頼みごとをする仕草。 思わずキラはその指を離した。 ―――あの指はもう,アスランのお嫁さんのものよね いつか,休憩席で話していた女性社員の言葉を思い出す。 氷の刃が胸に刺さったような,そんな感覚を覚えた時のことを,キラは思い出した。 「っ・・・・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 今までにも十分気まずい雰囲気が二人の間には流れているが,今の状況は気まずいというにはあまりにもそぐわなさ過ぎた。 「いきなり,失礼なことしてしまい,申し訳ありません・・・」 我に返ったキラは思わず自分の醜態を上司に詫びた。 時計の秒を刻む音の他に,何の音もしないふたりのいつフロアは静まり返っている。 キラは上司の顔を見ることが出来ず,足元を見つめていた。 強く握った手の平は,冷たい冷や汗を握り締めている。 何か言いたいことがあるのだろうと分かっているが,それをキラに尋ねる術を持たないアスランもまた,握りこぶしをつくり,苦渋に満ちた顔をしている。 互いに口を開こうにも開けない状態に苛立ちを覚えるふたりを遮ったのは,携帯の着信を知らせる無機質な電子音だった。 「キラ,ごめん」 そう言って,ポケットから取り出した携帯の通話ボタンを押すなり,おっとりした,どこかの令嬢を連想させる声と言葉がアスランの耳元を通り抜け,キラも耳にも入っていった。 『あと,どの位かかりますか?』 「いや,あと少しなんだが・・・・・・」 『そうですか。私の方も,今タクシーに乗ったところです。今からそちらに向かいますが・・・・・・大丈夫ですか?』 「ああ,もちろん。頼むよ」 聞こえてくる声音に,キラはぼんやりと相手の顔を思い浮かべた。 会ったことのない人らしいから,一体どんな顔とどんな人なのか。 そんなことを考えていれば,上司がいつの間にかこちらを向いていた。 通話は終わっていたらしい。 「ご―――」 「消灯などは僕の方でしておきますから,行ってください」 貴方の言葉は聞かないとでもいうように,キラは上司の言葉を遮った。 アスランはもう何といったら良いのか分からないという表情と苦いものを噛んだような表情で分かったと告げた。 「身体には気をつけて」 「ありがとうございます」 足音を毛のたった絨毯に吸収させ,エレベーターへ向かおうとする上司の背中を見つめながら,キラは言葉を継げた。 「そんな美貌を持った貴方がそんな顔をしてしまえば,婚約者さんは驚かれますよ。笑ってください!」 一定の間隔であるいていたアスランは少し歩みを止め,何かその言葉を噛み締めると,再び歩き出した。 それを見届けたキラは,静かに流れていた涙を拭いもせずに,帰宅の準備を進めた。 後一週間後の結婚式。 ――――――笑って祝福出来るだろうか? キラはひっそりと乾いた笑みを漏らした。 頬には行く筋もの涙と涙の後が弧を描いていた。 夜の(しかも終電近く)に乗って,ぼんやりと考えたのがこの話です。 そろそろキラが幸せそうな話を書きたいなぁなんて思うのですがね。なんでか出来ません。 しかしまぁ,切な過ぎてそろそろ詰まらないと某友人に告げられましたので,次は海でラブラブっぷりを書きたいです! そろそろ海の季節。海と言えばTさんだよ・・・・なんてひっそり考えながら,忙しい日々の合間に考えて生きます。 海に行きたいなぁ。 |
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