Better Helf


第3話*ならい

生むか。生まないか。





暫く,キラは学校を休んでいる。
それは,やはり自分の体の中にある,もうひとつのいのちのことを考えたかったからだ。

ベッドの上にごろんと寝転ぶ。
通帳を見る限り,金銭的な心配は全くないだろうと思う。
ミリィに話したところ,ミリィも母親も大丈夫だと言ってくれた。
けれど。
お金でいのちが勝手に育つわけではない。
苦しい選択にキラは唸りたくなった。
少し前から,食事をあまりしたくなくなった。
食べ物のにおいをにおうと,もう嘔吐感に襲われる。
早いうちに決めておかないと,キラの体にも大きな負担がかかってくる。
出来るだけはやく,はやく,はやく・・・・・・
しかし,なかなかこたえは見出せなかった。

キラの気持ちであれば,出来るだけ生みたいのだ。
しかし,アスランに告げられるような勇気はない。
こんな年も離れた自分に子供が出来ただなんて言ったら,なんて言われようか。
ゴムのときの話ではないが,きっと冷たい視線が,しかもその時だけではなく,子どもの影がアスランの目に入り続ける限り,冷たい瞳をこちらに向けるのだろう。
そんなことを考えれば,おろした方がいいのかなと思う。
まだ学生だということは,キラにとってはあまり気にならなかった。
何より,アスランの子どもで。もう何年ぶりに自分の家族が出来るのだ。
自分がどんなに幼くても,この体に宿ってくれたいのちなら,自分の手で育てていきたい。
「キラさん」
「あ・・・・・・・・」
失礼しますと言って入ってきたのはミハウだった。
近頃学校体調が整わないとミハウ言ってを休み,なおかつつわりのために食事も採れていない。
いくら来ないで欲しいといっても,部屋に来るのは仕方がなかった。
「最近お食事を全然なさっていませんよね?スープだけでも飲んでください。
 今でもお体の調子がよくないのに,栄養をつけないままでは良くなりませんよ?」
皿とスープを持ってきたテーブルクロスにミハウは丁寧に置いていく。
「ちゃんと食べないと・・・。皆,心配していますよ」
自分が持っている事情,嘘,何よりミリィ以外に誰にも話せないことを持ち抱えすぎている。
墓穴を掘らないためにも,今は出来るだけ黙っているのが懸命だとキラは自負している。
「うん・・・でも,大丈夫だから。ありがとう」
静かに扉を閉めていくミハウの姿を,キラは静かに見続けた。

このまま,自分はどうしたらいいのだろうか。
今の状態でも,もうすでに家の人間に迷惑をかけている。
自分はどうしたらいい?
そう,迷いつつも,しかしキラのこころはすでに固まってきていた。






決意をしてからのキラの行動は早かった。






決意をしてからは,キラは再び学校へ通っていた。
いろいろありすぎて,キラには精神的に落ち着く暇がなかった。
ミリィには,どうするの?と尋ねられても曖昧に返事を返す。
それも十日ばかりたった頃,キラはミリィとカフェに向かった。


「ちゃんと決めたよ」
コーヒー類は胃に優しくないのでキラはココアを頼んだ。
それなら,わざわざカフェに来た意味がないのだが,何かあるたんびにミリィと訪れたこのショップはキラのお気に入りだ。
「生むのね」
さらっとミリィは言ってのけた。
キラは目を丸くする。
「何で分かるの?」
「そりゃぁ・・・・もう何年も親友してたらさ。分かっちゃうもんだって」
笑って話していたミリィの顔が一気に真剣味を帯びる。
「で,相手の人には話す気になったの?」
尋ねてくるミリィに,そこまではやっぱり分からなかったのかと思う。
ミリィの瞳のあまりの真剣さに,キラは少々うつむき加減で話す。
「あのね,アスランには話さないことにした。 アスランに言ったら,なんか嫌そうな顔するだろうし・・・。
 ゴムの時は,自分しか見てなかったけど,これからは生まれてくる子どもまで見てしまうでしょ?
 可哀想だし・・・」
悪いことなんてした覚えなんてないのに,正々堂々と話せない自分が悲しく思える。
しかし,キラにとってこの決断をとるだけでも苦しかったのだ。
「でも,あの家にいる限り,みんなにバレてしまうだろうし。秘密とか絶対無理そうでしょ?
 だから,出て行くことにした」
「キラ・・・せっかく一緒に住ませてもらってたところも出て行くって・・・・・・」
家族を失ったキラは,家族―――暖かいもの―――の欲しさためにアスランの家に住んだ。
人見知りが激しく,中々他人に打ち解けられないキラにとっては,この時には苦しい選択を迫られたはずだ。
その,選んだ家を出て行くというのだから,決意は半端なものではないのだろう。
「今日ね,使わせてもらってた僕の部屋の机の上に紙を置いてきた。今までありがとうございましたって。
 あと,学校も今日付けで退学してきたよ」
「退学って・・・・・・・・・・・」
暫く言葉を失っていたミリィは,深いため息の後,言葉を吐いた。
「ちゃんと,新しい家,教えてよね」
もっと何か言われるのかと身構えていたキラは,思わぬ反応に拍子抜けした。
「あ・・・・・え,うん。今から一緒に行く?前に住んでた所なんだけど」
しかし,気が抜けたとたんに息がふっと出てきた。
やっと,肩の荷が下りたようだった。


トイレに行ったミリィを置いて,先に店の前で立っておく。
店内が込み始めたのだ。
トイレも込んでいるのか,未だミリィは来ない。
学校に行く前にコインロッカーに入れていた少ない荷物を取りに言って,それから前に両親と住んでいた家へと行く予定だ。
家のこと,家族のことを思い出すと,やはり今でも苦しく,にがい。
けれど,新しいいのちと一緒に共に過ごせるのだ。
楽しい日々が送れるといい。

今は,自分のお腹の中にいるこどものためにも,前向きに考えることを,キラは心がけている。
今は,後ろを振り向かないで,前だけを見て。
だから,アスランや,ミハウや,学校のことは,こころの奥底に眠ってもらおう。

新たなる旅立ちの日には,ふゆの冷たい風が吹いていた。











ならいnarai―――冬のつめたい風      岩波書店広辞苑第五版









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