Happy

腕の中の小さな身体を優しく抱きしめた。






遅れた誕生日のお祝いに訪れると,小さくてそれでも美しい華のように笑った。
何でもないよと話すその顔には僅かな寂しさが残っているのを,アスランは見逃さなかった。
ごめんな,と謝ると案の定,気にしてない,と返ってくる。
彼女がそう言うのは,ある意味仕方のないことであり,また彼女自身の自己防衛だと知っているから,それについてはもう何も言わず,ただ去年よりもずっとしあわせだと思える誕生日にしてあげたいと,思う。
祝いが遅れた時点で,もうしあわせ,は減っているのだろうが。
自分の,大切なひとをしあわせにしたいというのは,男の矜持だと思う。
だから,全力をかけて彼女をしあわせにしたいと,アスランは心から願った。
強く強く願う。






キラと出会ったのは,友人のラクスを介してだった。
丁度その頃,働くということがようやく体に馴染み始めたころだった。
仕事で一杯一杯になるという,社会に入りたての頃のようなことがなくなり,自分の趣味の時間が僅かながらに持てるだろうか,と忙しい日々の中で考えていた。
それを見計らってか,擦り寄ってくる女性は少なくなかった。
同じ世代に比べれば,月に貰っている給料は多い方だろう,と自負してはいるが,その金と,また社会的地位と,見ただけの顔で媚びを売る女性は,アスランにとって煩わしいものの他にならなかった。
濃い香水の匂いが鼻について仕方がなく,鼻が捻じ曲がるのではないかと,要らぬ心配をした位だ。
厚い化粧を塗り,腕にぶら下がってくる。
そんな女たちに苛立ちを覚えていたアスランは,ラクスに愚痴をよく零した。
自分に近寄ってくるような女とは全く違い,洗練された年相応な大人,それ以上の雰囲気―――それは老けではなく―――を醸し出す彼女は,よくアスランの話を大抵聞いていたのだが,ある日珍しく,彼女の方から誘いの声がかかってきた。
―――少しお話を聞いて欲しいんです
いつもと何ひとつ変わらない表情ではあるが,声音には少しいつもでは感じないような神妙さが含まれていた。
―――ある女性と会ってほしいんです
女性にはもうこりごりだ,とラクスには言ったはずなんだが・・・・・・と思わず首まで出かかった言葉を飲み込み,彼女の続く言葉を待つ。
聡明なラクスが,訳もなく,そんな話題を振ってくるとは考えられなかった。
―――アスランが毛嫌いしているような方ではありません
一体どうして,自分に会ってくれというのか,皆目想像がつかなくて,アスランは頭を傾げた。
―――とある原因で,男性の方に怯えてしまうのです
伏せられたその原因,そして何故ラクスを伝って彼女の友人と会わなくてはならないのか,と謎な点は多い。
しかし,断ろうとは寸分も思わなかった。
構わないよ,と返事をすると信用しています,と何とも返しにくい言葉が返ってきた。

約束の時間より五分前に場所につくと,相手はもうそこにいた。 それからその隣にラクスも。
こんにちわ,と椅子に腰掛けながら笑うと,小さな蚊の鳴くような声でこ,こんにちわと返ってきた。
座ってからコーヒーを注文すると,ラクスが説明を始めた。
「こちらが,私の言っていた女性,キラです。可愛いでしょう?
 キラ,こちらが私が話していたアスランですわ。」
紹介を聞きながら,アスランの目がキラという名を持った女性に釘付けだった。
毛嫌いしているような女性ではない,とラクスから予め話を聞いていたのだが,普段見慣れた女性とは本当にかけ離れていた。
小さな顔には,薄く塗られたであろう化粧がのっている。 
匂いがきつい香水の匂いは全くせず,むしろ優しい匂いがしているように思える。
染めていないであろう黒めのブラウンの髪が,綺麗だ。
思わず抱きしめたい衝動に駆られたが,それを押さえ込む。
一目ぼれ,だった。
しかし,そんなアスランを現実に引き戻したのは,あまりにも衝撃的な話であった。

キラには恋人がいたのだとういう。
長い間,時間を共にしていたらしい。
しかし,ある出来事がきっかけで分かれてしまったのだ。
ひとつは,キラの出生だ。
キラはどうやら禁断のこども,として生まれてきたらしい。
兄妹同士の。
キラを生んでから,彼女の両親は一緒に息の根を止めてしまった。
ふたつめは,キラの身体には卵巣がひとつしかないということだ。
本来ならふたつあるはずのそれが,キラの身体には生まれながらなかったのだという。
ひとつしかないからといって,別に何等他のひとと違うところはない。
三つめは,彼女の身体に生命が宿る確率が,極めて低いということ。
ひとつめの,自分の出生に関しては少し前から知っていたが,恋人には何も言わなかったのだという。
残りの二つは,成人して会社の健康診断を受けたときに分かったらしい。
それらのことを,恋人に告げると,そんな人間と家族になる気にはなれない,と婚約していたのを破棄,そして別れ際に,何の罪もない彼女を罵った。
子孫も残せないような生きている意味のないくずと一緒に生きるつもりはない。
そんな人間と何年もいた自分が馬鹿みたいだ,
と。
それは,キラを男性を怯えさせる原因と,いとも容易くなってしまった。

以前の,笑みの多かった頃とは打って変わって,沈んだ表情が多く,その顔は笑うことを忘れたようにげっそりと落ちたままでだった,という。
しかし,家に引きこもったままでもいけないと,ようやくキラ自身が前向きになって暫くたったころに,アスランはラクスに呼ばれた。
未だ昔のように笑うことは出来ないが,うっすらと笑えるようにはなったらしい。
長期休暇を届けている会社には,見も知らぬ男性が多く,その中で頑張れるようになることはもうずっとずっと見えない先のように感じられて,もう戻ることが出来ないように感じて,結局退職願を出したという。
代々の血筋が資産家ということもあり,きっとこれからもお金に困ることはないだろうが,しかし男性と会わずして生きていけるわけもないから,少しずつ男性相手にも笑えるようになるために,キラはラクスが言う男性と会うことを決めた。

時々会ってお話がしたいです,と今にも消え入りそうな声で話す彼女に,アスランは構わないと言った。
こんな見るからに健気そうな女性の役に立てるなら,全然気にならない。
それで,こんなに美しい顔に笑顔を浮かばせることが出来るのなら,自分も頑張りたい,と思ったのだった。

二週間に一度の割合でアスランはキラと会っていた。
大抵は食事をしながら,とりとめのないことを話す。
天気の話から最近見たニュース。話題は尽きることなく,言葉は続いていく。
その中でアスランはキラのたくさんのことを知った。
食事をするナイフやフォーク,箸の使い方がとても綺麗であること。博識であること。誕生日は5月18日。本が好き。
力になりたいのは,嘘ではない。
しかし,知れば知るほど,彼女の姿行動思考が愛しく,抱きしめて,苦しいところを受け止めてあげたいと思う。
そして,結局我慢出来ずに告げたのがホワイトディ。
その日に会う約束をして,会って直ぐに告げた。
愛してる。 キラを俺に預けてくれないだろうか? キラをしあわせにしたい。
きっとそう簡単に自分の腕の中にやってきてくれないように,他の男性の所にもいかないだろうし,彼女自身そう簡単にいくことはないのだろう,と分かってはいたけれども,それでも言わずにいられなかった。
きっと,断られるだろう。
そう思って砕けることを前提に想いを告げたら,キラは泣いた。
やはりこういうことは,キラにとっては苦痛なんだな,と思いながら,これではまるで協力するどころか,反対に苦しめているんではないかと自己嫌悪に陥る。
いつも常備しているハンドタオルに顔を伏せてしまった彼女の顔を見ることは出来なかったが,きっとこれはタブーなんだと反省をしつつ,キラに「今のは忘れてくれ。ごめん」と,こんな言葉しか言えない自分に更に嫌気がさした。
これじゃ駄目だ,どうしたらいい・・・・・・と触れることも出来ないキラをただ見つめていると,ふっと彼女はタオルから顔を上げた。
目が真っ赤に腫れていて,それが一層自分の所為なのだと思えて,愕然とする。
こんなことをするつもりじゃなかったのに,これじゃあキラに嫌われても仕方が無い。
「申し訳ない。 
 キラの役にたつつもりが,迷惑をかけていたんじゃ意味がない。 悪かった。
 これじゃ本末転倒だ・・・・・・情けないな。
 もう,俺のことが嫌ならこれっきりにしてくれて構わない。 ただ,さっき言ったのは嘘じゃない。
 信じてくれとは言わないから,これから生きていく時に,自分にも好きだと言ってくれた男性がいたことを自信に生きていって欲しい・・・・・・あぁこれは別にどうでもいいことだな。」
泣かしてしまったキラをどうしたらいいのかと考える頭と,自分に対する苛立たしさとが交じった思考回路はぐちゃぐちゃで,紡ぐ言葉も,自分で何を言っているのかよく分からなかった。
これじゃあ,もう何も話さない方がいいのかもしれない。
最後にひとことだけ「本当にすまなかった」と,何もかもに対して謝ると,アスランは携帯電話を手にとってラクスに電話をした。
「申し訳ないが,俺の尻拭いをして欲しい」
電話を切ってから,アスランはもう一言もしゃべらなかったし,キラに目をやることもしなかった。
きっと自分が何を言っても,彼女自身の嫌悪感は取れないだろうし,また自体を悪化させるつもりもない。
そう思ってラクスが来てくれるのを,アスランは首を長くして待っていた。

キラをラクスに渡してから,家路に着く途中,やはりアスランは自己嫌悪とあまりの自身の情けなさに何十回目のため息を吐いた。
言わなければ良かった・・・・・・。
今更思っても仕方がないの。 それでも思わずにはいれなかった。
きっと彼女を苦しめるだろうと分かっていたのに,やってしまった。
言ってしまった。
大体,自分の考え方が間違っているのだ。
愛している,というのは自分の想いを告げるだけではない。
本当に愛している,というのは相手を思いやることからはじまるだろう。
本当に愛しているのならば,彼女が言って欲しくない言葉は絶対に言うべきではなかったのだ。
それなのに,自分の欲望にだけ走ってしまっている。
これじゃまるで,思春期の恋してる,と何等変わっていない。
自分は,成長していないのか・・・・・・?
再びため息を漏らすと,ラクスからの着信が入った。
あぁ,ここでラクスに何を言われても仕方がないな,とアスランは急に冷静になって考えた。
信用しています,と言われたのにラクスにも約束を反故してしまったんだと思うと,何もかも申し訳ないように思えて仕方が無い。
「はい,もしもし」
「今すぐ,私の家に来てください」
電話口で話をされると思っていたアスランにとって,思いもしないセリフだった。
しかし,今回のこのことは,電話よりも会って話すべきことに値するのだろう。
自分は本当に重大なことを仕出かしたんだ,と再確認させられたようで,アスランは重い足をラクスの家の方へと向けた。
インターホンを鳴らし,リビングの方に入って,と言われるままに歩みを進める。
てっきりラクスしかいないものだと思っていたアスランは,キラもそこにいるのに驚きを隠せなかった。
「キ,・・・・・・」
名前を読んで,彼女を苦しめる原因になったら?
そう思うと,それさえ口にのせることが出来ない。
黙ったまま,物凄く暗いわけでもなく,また明るいでもない空気に馴染めないまま視線を下へと向ける。
「アスランは今日,キラに何を言ったんです?」
空気を破ったのはラクスだった。
尋ねられたことに,何を返せばいいのかアスランは迷った。
もう一度復唱しろというのだろうか?しかし,それはキラの傍で言うと,また泣いてしまうかもしれない。
どうしたらいいのか,言葉を返せないでいると,ラクスはもう一度促した。
「それとも,もう言う気はなくなりましたか? もうそういう気持ちではないのですか?」
言う気がなくなったわけでも,気持ちがないわけでもない。
言ってもいいのだろうか,と逡巡したが,ラクスが言うのだから何か意味があるのだろう。
その言葉の意味を考えたことがあるのか?・・・・・・なんて言われるんだろうか。
「俺はキラを愛してる。 キラの辛い部分を受け止めて抱きしめて,一緒に生きていきたい」
口にすると,やはり自分はそう思っているのだな,と思えてくる。
しかし適わぬ現実に,そしてこれから降りかかる出来事にアスランはじっと構えた。
「って言っていますわ。 ほら,キラ。 自分で言うのでしょう?」
どういうやり取りなのかはさっぱり分からない。
「あの・・・・・・本当ですか・・・・・・?」
泣き声がいつ聞こえてくるのだろうかと耳を澄ませば,優しい声音が聞こえてきた。
「本当に僕でいいですか・・・・・・?」
頼りなささげな声は,まさしくキラのもので。
言われている意味が,驚いているアスランにはさっぱりと理解出来なかったが,少し時間が経つと何を言われているのかはっきりと分かった。
これは,想いが伝わったということなのだろうか?
受け入れてもらえるということなのか。
「生まれは滅茶苦茶で,その所為で身体も普通じゃなくて,こどもも生めないけどこんな・・・・・・」
ガラステーブル越しが遠い。
今すぐ抱きしめたい。
こんな自分,だと言わせたくない。
アスランはソファを立って,キラの元へと寄った。
「そんなの関係ない。 キラがキラだから俺は好きになったんだ」
小さな身体をきつく抱きしめる。
はじめて触れた彼女の身体は,折れそうなほど頼りなかった。







出会ってから二度目の誕生日は,色々時間がかかり過ぎた。
もっと前もって準備をしておけばよかったのだろうけれど,何せ仕事の都合などで,全てが遅れてしまった。
まぁ,準備が遅かったために,キラの欲しそうなものが見つかったのだから,それはそれでいいのかもしれない,と思う。
全ては明日に。
そうして,アスランは彼女の身体を優しく抱きしめながら,眠りについた。
生まれてきてくれてありがとう。





















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