愛しさの対象、それは俺の彼女。

1章 無垢の蕾 2





各休み時間、昼休み。
訪れることの出来る時間はいくらでもあったけれど、キラにはいつまで経っても足を踏み出せずにいた。
それは、クラスで色めきたっていた、彼のプレゼントを持っていた彼女たちの大半が、すごすごと肩を下ろした姿を見たからである。
しかも、渡すはずであったろうプレゼントも、その手の中に残ったままである。
自分よりも美しい彼女たちが駄目だというならば、自分なんかが相手にされることはないはずだ。
益々の可能性の薄さに、キラは息を零すばかりだった。
「何言ってんの。ほら、行きなさい!」
尻を叩くフレイの言葉に逆らうのは少し怖く、けれど、断られるのはもっと怖い。
負担にならないようにとハンカチを、かなりの時間を掛けて選んだけれど、それさえも受け取ってもらえなければ、もう学校に来れなくなってしまいそうだ。
物理室への歩みが段々と遅くなっている自覚は勿論、自分にもあった。
今にも竦んでしまいそうな足に鞭を振るい、無理やり歩かせる足も、もう限界だった。
そのときだった。
目の前に見える、物理室から女の子が泣いて出てきた。
見るかぎり、やはりこの子も振られたらしい。
キラは呆然と、しかしきっと、自分もああいった結果になるのだなと暗雲とした気持ちになった。
赤い、二つに結ばれたその髪が揺れて、消えていく彼女の背中はとても寂しい。
その手には、受け取ってもらえなかったのであろう、プレゼントが握られている。
こんなにも、皆ことごとく振られているのに、自分もわざわざ悲しくなりに行く必要があるというのだろうか。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……。
振られて、嫌われて、それでもこれから授業は受けないといけない。
これかあずっと先生と対面し続けないといけないのに、惨めな気持ちになりたくない。
振られたくない。嫌われたくない。
結局、キラは物理室に入ることが出来なかった。



とぼとぼと、自教室に帰ると、フレイが飛びついてきた。
「……どうだったの?」
キラの顔色をみると、それは全然優れていなかったらしく、けれども一応尋ねては見たけれど、やはり首を振るだけだった。
「そう・・・…そういや、あんたプレゼントは受け取ってもらえたの?」
キラの手には、行くときにはあった、紙袋が一式なくなっている。
それは、他の子とは、待遇が少し違うのではないか、とフレイは思ったのだが。
「……置いてきた。」
「置いてきたって、……。」
以前バレンタインで置かれていたチョコレートの届け主が分からず、嫌な気持ちになったというのに、それと同じ行動をとってしまった。
自分がされて嫌なことを、すきな相手にしてしまった。
でも、今なら、そのチョコレートの届け主の気持ちが分からないこともない。
言葉では言えない、相手を想う気持ち。
キラは、それを知ると同時に、やはり自分の不甲斐なさと、振られたわけではないのだが、気落ちした気分を振り払うことは出来なかった。
「ねえ、フレイ。あげるものがあるんだけど……。」
きっと振られるだろうと思っていたから、それはきっと渡すことはないと、どちらかといえばフレイのプレゼントするための包装になっている。
先生に受け取ってもらえないなら、フレイに食べてもらおうと思い、月並みではあるが、プレゼントとは別にクッキーも焼いていたのだ。
これをもって帰る気は毛頭無かったために、キラはフレイに渡そうと、自分の鞄の中を探ったが、中からは何も見つからず。
「……ない、ない。」
「どうしたの、何がないの?」
不安が広がったような声を上げるキラに、フレイは尋ねるが、キラのその声音は変わらなかった。
「きっと受け取ってもらえないと思って作ったクッキー。あれ、え……。」
どこにやったのだろう。
頭の中をぐるぐる回転させるが、一向に思い出せない。
今日一日の記憶をキラは、ゆっくりと引き起こした。
朝はプレゼントと分けていた、学校に着いたときも分けていた、……あ。
「ヤバイよヤバイよっ……ごめんちょっと行ってくる!」
お弁当を鞄から出すときに位置的に邪魔で、クッキーが崩れてしまいそうだったから、一時的にプレゼントを入れた紙袋の中に移したのだ。
そのまま、すっかり忘れて、物理室のドアノブに掛けてしまった。
あれは、見られていいものじゃない。
間に合って欲しい!
そう願い、校舎の4階の奥まった物理室に向かった。



走りついた物理室の前でキラは息を整える。
そして、ゆっくりゆっくりその部屋へ近づく。
遠くからみても、あの紙袋の、どこからどうみても、ない。
誰かが持っていったのだろうか。
否、しかしその可能性は薄いだろう。
こんな奥まった場所を通りかかる人など、物理に関係するひとだけだろうし、しかも、日が沈む夕暮れ前。
先生がとったのだろうか。
誰のプレゼントも受け取っていないようだから、それだったらとても嬉しい。
でも、誰かのものだと思って落し物のように扱っているかもしれない、中身を見て処分しているのかもしれない。
受け取ってくれているという確証はない。
物理準備室には未だ明かりがつている、ということは中に誰か、がいるようだ。
入るべきか、入らなくても良いのか。
でも。
とりあえず、入らないことにはずっと気を揉んだままもんもんとしていられない。
静かにノブを引いた。
「失礼、します……。」
そこに入ると、何かパソコンに文字を入力しているらしい。
キーボードを打つ音が響いている。
扉を開ける音にアスランも気づいたらしく、キラと目が合った。
「ああ、ヤマトくん。待っていたんだ。」
やはり先生はあの紙袋を受け取っていたらしい。
そう思うと、顔から火が出そうだ。
あんな、あんなものを見られてしまったなんて。
「これ、ドアノブにかけていたの、ヤマトくんだよね。」
顔が熱い。
突っぱね返さるなんて、とても恥ずかしい。
ドアノブに置かなきゃ良かった。
そしたら、誰からのものかも分からないままだったのに。
渡してしまったから、中に入れっぱなしだったクッキーも見られてしまって。
「あ、あの、迷惑掛けてごめんなさいっ!すみません。」
頭を下げて、故意に先生の顔を見ないようにする。
嫌そうな、迷惑そうな顔は見たくない。
どれくらい頭を下げたままだったのか、声を掛けられた。
「顔、上げて。」
言われる言葉に従わない訳にはいかなくて、おずおずと頭を上げると、そこには授業中にも見せないやわらかい笑顔があった。
「これは、ただ俺を祝ってのもの?それとも……?」
先生の机の上に置かれた、ラッピングを解かれた、ハンカチとその傍にあるクッキーとそこに挟まれているバースディカード。
「……ぁ・・・…。」
あれは恥さらし以外の何ものだと言うのか。
ますます、顔が火照ってくるのが分かる。
どうしよう。
言わないといけないのに、声が出ない。
「俺はあなたのことが好きだけど、ヤマトくんはもしかしたら、そんな風には思っていなかったりする?」
……あれ。
先生は今、なんて言った?
あまりにも予想しなかった返事に、キラは彼の顔を見た。
嘘を言う先生ではないというのは、授業の端々で知っているはずだけれど。
「好きだよ、ずっと待ってた。」
言うと、ふわりと彼は近寄ってきた。
そして、キラの体をやさしく抱きしめた。
「ヤマトくんは、いや、キラは……?俺の勘違いかな、君が俺のことを想っていると思うのは……。」
そんなことない。
そんなことない、ずっと伝えたかった。
けれど、無理だった。
先生の取り巻きはたくさんいたし、その彼女たちより勝るとは一分も考えられなかった。
答えたくて、けれど余りにも心臓がどきどき言い過ぎて、声を出せない。
唯一出来るのは、彼の腕の中であたまをこくんと頷かせることだけだった。
「もう一度尋ねる。俺のことすき、キラ?」
今度は間合いを開けずに頷く。
想いはこれだけで伝わるとは思えなかったけれど、それがキラにとっての精一杯だった。
「嬉しい、キラが俺のことを好きだと分かって……。」
腕の中の彼女をぎゅっと抱きしめる。
そして、彼女の腕をつかみ、アスランはキラの顔を見つめた。
頬がとても赤い。恥ずかしそうな顔。すごく可愛い。
初心な反応。
「キスしていい……?」
言いながら、キラの唇に自分の唇を近づける。
触れた瞬間に、そこから何か甘いなにかが生まれてくるようだ。
相変わらず、キラの顔は赤いままだ。
「あの、先生……。」
舌足らずというようような、発せられたキラの言葉をアスランは遮った。
「待って。彼氏に先生は無粋だ。名前で呼んで、キラ。俺もキラって、ほら。」
優しく促す。
先生と呼ばれて嬉しくないわけじゃあないが、やはり自分の彼女には名前でも呼ばれたい。
「ほーら。」
「……あ、アス、ラン。」
言い終えた後、もう噴火してしまうのではないかという勢いの真っ赤な顔が、とても初々しくて、可愛い。
抱きしめたい。今すぐ、自分のものだと世界中の人間に言いふらしたい。
俺の彼女はこんなにも可愛いのだ、と見せびらかしたい。
「ずっとキラのことは見てた。だって、他の誰よりもしおらしくて、大人しくて、可愛いかったから。大きな花じゃないけど、小さくてうつくしい華やかな、隠された何かがとても素敵だった。」
彼女に、どうしたら、自分が今まで数ヶ月秘めてきた想いを伝えられるだろう。
「キラもちらちら俺の方を見ていることは知っていた。けど、それが俺にはどういう気持ちなのか、確信することが出来なかったからな。ノブにかかっていた紙袋をみて、俺の気持ちがどれほど嬉しかったか、キラには想像出来ないかもしれない。」
もう一度、キラの体を引き寄せ、自分の中に包むように抱きしめる。
「どうして、僕の字だって、分かったんですか・・・・・・?」
バースディカードはつけたけれど、自分の名前は書いていない。
自分の名前を、どこかに入れた記憶は何もないのに。
「カードに文字があったろう。あれを見て、キラだって確信した。」
そんなもので判断できるのだろうか。
「テストの採点や、ノートの字を見ていれば、ある程度誰の字か分かるようになるさ。特にキラの字は、流行のようなものじゃなくて、丁寧な字だからな。」
その字を覚えてもらえるくらい、愛されていたということなのだろうか。
なんだか、知らず自分をずっと見ていたらしい、彼の顔は、やはりとても格好いい。
見ているだけで、心臓が飛び出そうになる。
「アスラ、ンは、格好いいよ、誰よりもずっと。優しいし……。」
アスランのように饒舌なことばは口から出てこない。
けれど、好きだ。
言葉には出来ない、何か直感的のような、だけど想いの変わらない。
「俺もひとりの男だからな、それなりに下心もある。ただ優しいだけじゃないよ。」
そういって、アスランは笑った。
「キラ。俺の彼女になってくれる?」
「……、こちら、こそ、こんな彼女でいいです、か・・・・・・?」
「キラだからいいんだ。ずっと、待ってた。」
もう一度、ぎゅっと細くて壊れそうな体を抱きしめる。
やさしい、キラの匂い。
「ハンカチとクッキー、俺の彼女になってくれて、ありがとう。……ははっ、生きてきた中で、一番嬉しい誕生日だ。こんなに嬉しいものだったかな。」
そういって、アスランはキラの髪に、キスの雨を降らせた。



無粋な人間ではないという自負があるから、フレイは置手紙を残して学校を後にした。
「ねえ。」
「何?」
オレンジ色の眼鏡の彼に、フレイは夕焼けのオレンジを映したまま、話しかける。
「教師と学生って、犯罪よねえ?」
「……知り合いにいるのか?」
「まあ、ね。ま、けど腹を括ってもらわないとね、腹黒には。」
彼には、一体何を言っているのかさっぱり分からなかったが、急にスキップしだしたフレイを追いかける如く、サイも走り出した。

間もなく、陽は暮れ、夜を連れてくる。
空には、早くも星が瞬いていた。




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