愛しさの対象、それは俺の彼女。

1章:無垢の蕾 1





授業終了の鐘と同時に、生徒達が一斉に立った。
「起立、礼。ありがとうございました。」
それぞれ頭を下げて、授業は終わった。
みなそれぞれ授業の用意を持って、自教室に帰っていくが、それは大半の男子だけであり、ほとんどの女子は教室に残って、先生の傍へと寄っていく。
「アスランせんせいー、分からないところがあるんですけどお。」
「私もー!」
「私はこれが分からないんですう。」
分からないという参考書や、または本日の授業のノートなどを片手に教師の方へ寄っている女たちは、身支度がきちんと整えられ、服や化粧をばっちりさせた子たちだ。
きっと分からない、というのはあながち嘘ではないだろうが、しかし分からないところを聞きにいくためだけに、教師の側へと寄って行っているとは思えなくもなかった。
キラも、昨日開いた参考書の問題で、分からないところがあったために、授業の後にでも解き方を尋ねようと、参考書などの用意をしていたが、この様子では、きっと次の授業時間になってしまうだろう。
―――今日は無理かな。
息を吐いて、授業の用意と、持ってきた参考書を片すと、見かねたフレイがやってきた。
「何、聞くつもりだったの?」
「あ、うん。どう考えても、回答の解き方が分からなくって……。」
「キラは大学で必要なんだっけ、物理。」
「うん、工学部だから。あ、待たせてごめんね。帰ろっか。」
「あ、まあ私はいいけど、キラは大丈夫なの?、といいたいところだけど、あれじゃ無理よねえ。いつも分からん分からん、っておまえ等自分で考えろっての。」
口の悪いフレイが、いつも先生のところへ寄っている彼女達をあまり良く思っていないのは薄々気づいてはいたけれど、こんなにも悪態を付くのは久しぶりでもある。
「ケバい化粧にくっさーい香水振りまいて、本当に何を見ているのかしら。」
別にケバくはないと思うが、マスカラをばっちりと塗り、引かれた真っ黒のアイラインは、確かに見ているだけで、凄いなあとキラも思うことがある。
あれで将来結婚した男性は、彼女達のスッピンを見たときに、どう思うのだろうか。
物理室の部屋を出る際に、失礼します、と扉を閉めようとしたとき。
―――あ……。
ほんの一瞬、アスランがこちらを見たような気がした。
もう一度気になって彼の方を見るが、その視線は彼女達の手元の参考書にあるようで。
―――見間違い、だったのかな。
キラは、静かに扉を閉めた。





ここ、都内に校舎を持つ、パキラ学園。
ミドルスクール、ハイスクール、ユニバーシティを持つ学園であるが、偏差値的に言えば、入学はそう簡単ではない。
また、入学してくるにんげんは、どちらかと言えばどこぞの御曹司であったり、社長や、経営者の娘息子、という人間が多い。
その学園にキラやフレイたちは籍を置いていた。
ハイスクールに編入して2年。
サマーバケーションも、とっくに終わった二学期。





「けど、あれよね〜。」
ランチの時間、フレイはキラのお弁当の中身をつつきながら、舌鼓を打っていた。
「物理の先生は人気よね〜。確かにうちの学校は老いぼれじいさんばっかだしさ、授業が分かり難いし、物理なんてちんぷんかんぷんなのに、ザラ先生は違うものねえ。若いし、授業は抜群に分かるし、顔は申し分ないし。」
けれど、私はあの腹黒そうな奴はいけ好かないわ、と一瞥した。
とかいう彼女にはしっかり彼氏がおり、ちゃんと尻に引いている。
「何、一体。」
突然の物理科の先生の登場に、少しばかりキラはうろたえた。
「知っているわ、私。」
「だから、……」
「先生のこと、すきなんでしょ?」
「う……そんなことない、ないって、ば……。」
小さくなっていくキラの声が、何よりの真実を語っているには違いない。
フレイはまるで勝ち誇ったかのように告げた。
「一体私があんたと何年、一緒にいると思ってんの?騙されないわよ!」
一体、どこからこんなにも勝気な態度が生まれてくるのだろう。
少しばかり呆気にとられながらも、しかしそれが間違いのない言葉にキラには、反論の余地がなかった。
「騙すも何も、別に隠していた訳じゃないよ。」
「どうして?」
「だって……。」
アスランの取り巻きにいるような女の子たちに比べれば、自分はお世辞にも勝るとは思えない。
性格はとても内気だし、内気と言えば未だ聞こえはいいかもしれないけれど、悪く言えば
暗い性格だ。
身体のラインは全くないと言ってもいいくらい、胸もなにもない。
取り得といえば、真面目なところくらいしかない。
彼女たちを差し置いて、一体なにが出来るというのだろうか。
「だって、って、だっても何もないわよ!どうしてあんたはそんなにも内気なのかしら……。」
深々とした息をひとつ吐き出し、キラの、彼女のことを最も知る親しい友人は、大見得きって言う。
「だからキラはダメなの!ここはがつんと一発行くべきよ!」
でも、こんなキラだからこそ、キラらしいんだけどね、という言葉をフレイは忘れない。
そうねえと言って、フレイは携帯を触りだした。
そして、ああでもない、こうでもないとぶつぶつ言うこと数分間、突然キラの方に向き直る。
「いいものを見つけたわ。彼の誕生日よ!」
一体どういう情報から、そういうことが分かるのだろう。
そんな情報網を一体どこから手に入れてくるのか。
「10月29日。これがザラ先生の誕生日よ!」
「でも……迷惑じゃないかな……。」
あまり親しくもない人間から突然、何かを受け取るのは少し気味が悪いことだ。
今年のバレンタインに、知らない名前から沢山のバレンタインをプレゼントされたが、本来バレンタインとは女の子から男の子に渡すものであるはずなのに、逆バレンタインのような、机や靴箱にいれられたチョコレートと、その告白らしき手紙を受け取って、とても気味の悪い思いをしたのだ。
自分がされて嫌なことを、相手が嬉しく思うとは思わないし、キラ自身、自分のことを、好きなひとにそんな目で見られるのは嫌だ。
「……だけど、手渡しなら大丈夫じゃないの?仮にも自分の受け持ちのクラスなんだから、顔くらいは知っていて同然でしょう。」
寧ろここで顔も知りませんでした、というならば、そんな奴にキラを渡す気は毛頭ないが。
「あんたの、その純粋無垢な顔を知らない人間なんて、この学園にはきっといないわ。もしも居たら、それはモグリよ。」
そういって、彼女は強気に笑い飛ばした。
僕はこのフレイの笑顔がすきだ。
この強さが、とても輝いて見える。
きっと、フレイが太陽に向かって咲くひまわりというならば、僕はその影にそっと沿う草葉だろう。



ひとに何かをプレゼントするということが、とても久しい。
というよりも、いつもプレゼントする相手は決まっているのだ。
といっても、最近ではフレイにしか渡した記憶がないし、異性へのプレゼントなんて、いつあげたことがあるだろう。
しかも、今回は異性というだけではなく、年上でもある。
自分よりも長く生きているひと。
一体何をプレゼントするとよいのか、キラにはさっぱりと分からない。
やってきたデパートの中を、しばらくぐるぐると徘徊していた。



いざ当日。
学校に着くなり、彼氏と話していたその彼の話を無視して、キラの方へと向かってきた。
「おはよう、キラ。結局どうしたのよ?」
自分が少しばかりお喋りな性格をしっかりと自覚しているのか、前日のときにも、このことについては何も話しかけてこなかったフレイだが、もう待ちきれなかったのか。
「あ、おはよう。結局プレゼントは特に、差し支えのないものにしたんだ。」
と、あともうひとつは、場合によりけり、というものがあるのだが、ここではまだフレイには言わないで置こう。
どうせ、後から話すことになるのだろうけれど。
「そうなの。ふーん……もしかして、ハンドタオルかハンカチ?」
少し考えて答えたフレイの答えは、まさかのキラの選んだものと合致していた。
「うわ、何と言うか有りがちというか何と言うか……まあそういうのがキラらしんだけどね。」
これじゃあまるで、本当に当たり障りの無いものじゃない、とフレイは気の抜けた声で言った。
「だって、生徒から貰うのに、何か先生を縛ってしまうものだと、きっと窮屈だろうし、……。」
これでも、デパートの中を3時間ほどぐるぐると見て、色々悩んだのだ。
きっと、自分が先生に告白をしたときに返って来る答えはノーだろう。
この確立が99パーセント。
それくらい、きっと有得ない現実を望んでいる、という自覚がキラには有り余るほどある。
そんな風にわかっているのに、他の何か印象に残してしまうようなものなど、選ぶことは出来なかった。
例えば大人のひとが使うようなシャーペンやキーチェーンや、色々と考えたけれど、一概の学生から貰うものが、先生を縛ってしまうようなものは、何ともいえない気持ちになるだろうし、相手側にも迷惑を掛けてしまうだろう。
たくさんあるだろう、そのうちのひとつとして、あるときに使われて、あるときに何かの役にたって、その後捨てられても構わない。
だから、ハンカチを選んだのだ。
もしも、1パーセントの可能性で、自分の願いが適うときは、そのときには、昨日の夜にオーブンで焼いたグランドシャがあるが、この出番が来ることはないだろう。
きっと、誰にも食べてもらえないようなものになってしまうだろうから、フレイにあげるつもりで、ラッピングはどちらかと言えば女の子のような感じになってしまっている。
これを今の時点で、フレイに告げるならばきっと、彼女は憤慨するのだ。
どうして、はじめから決め付けるのか、と。
だから、今は言わないままで、放課後くらいになって、渡すことになるだろう、グランドシャが、静かにかばんの中に仕舞われている。
教室をぐるっと見回すと、自分と同じことをしているらしい女の子達は少なくないようだった。
みんな色めき立ち、いつもより気合の入った服装と、化粧のように見える。
可能性の薄い願いを持つ自分が、キラには少し悲しくも思えた。




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