愛しさの対象、それは俺の彼女。

2章 色づく華  2





キラは食べる所作がとても美しい。
もともと、ひとつひとつの動作がきれいだということもあるのだけれど、しっかりと親が躾けをしたのが見て分かる。
やはり、箱入り娘をして、育てられたのだろうか。
「この店にはよく来るの?」
「いいや、たまに海を見たくなったときにね。海が綺麗だろう。」
食べ終えた後にも、きちんとナイフとフォークを揃えて皿の右側に置く。
さぞ、両親ともにキラのことを大切にしているのだろう。
波は静かで、穏やかだ。
比較的まだ暖かい11月の中旬なのか、テラスでも十分に食事が出来る。
「どこか行きたいところは、ある?」
「うーん……。」
どこか行きたいところなんて、ない。
昨日まで、今日のデートが楽しみでドキドキしていて、そんなことを考えられる余裕なんて、なかった。
アスランと行けるのなら、どこでも嬉しい。
「じゃあ……とりあえず、ドライブでもしようか。何か見つかったら、そこに入ればいいさ。」
食後のコーヒーと、キラはデザートにあたるケーキを食したあと、ふたりは席を立った。
「あ、お金。」
思い立ち、キラは鞄から財布を探す。
その動作をになにやら視線を感じるが、きっとアスランのものだろう。
どうしてじっと自分を見ているのかは分からないが、とりあえず会計を先に済ませないとと思うキラは見つけたそれを手に握り、注文書を見て、頼んだものの金額を調べようとすると、それはアスランの手の中に握られていた。
「いいの、ここは俺の奢り。彼女にはいい顔を見せたいの。」
そう言って、アスランは会計に行ってしまう。
キラはその後を追いかけた。
「あの、ありがとう。ごちそうさまです。」
「いえいえ。」
そういいながら、カードで支払いを済ませたアスランは先に、レストランの扉を手にかけた。
「さあ、どうぞ。」


とりあえずは、海岸沿いを走ることになった。
冬の海は少し寒そうで、しかし、その水はとてもきれいだ。
「海には来るの?」
キラの肌の白さが、海にはあまり来ないような気がする。
「海には……来ないこともないんだけど、泳いだりっていうことは…・・・。」
どうやら雲行きが怪しい。
キラのもごもごした話し方に、アスランは何かあるのだなと感づいた。
「そっか。俺はこの海に、遊びに来るんだ。」
「へえ。」
「夏はもっと海が綺麗なんだ。表面がキラキラしていて。来年はキラとも来れるといいな。」
明るくいったはずなのだが、キラの顔には、晴れたものがない。
しかし、今ここで無理して何かを暴く必要はない。
これから時間を重ねる中で、ゆっくり話せるときに話してくれたらいいのだ。
それでいいと思っていたのだけれど。
「……聞いて、くれる?」
おずおずと話す口ぶりが、かわいいと思う。
こんな時に思うのは、駄目なことなのだろうけど。
「キラの話ならなんでも。俺聞きたいよ。」
もちろん、と大口叩くと、キラは少し口元に笑みを浮かべた。
「ひとに、見せられないからだ、なんだ。」
ここ、と言って服の上から手を置く。
その場所は、ちょうど心臓のちかく、左胸の上の方だった。
「ここらへんに、傷跡があるんだ。」
言いながら、声が震えてくる。
こんなことを、付き合ったばかりのひとに言ってもいいのだろうか。
けれど、夏に海に行こうと誘われたときに、折角誘ってもらったのを断るのは勿体無いし、けれど、傷のある自分が傍にいてもいいのかも分からない。
「小さいころ、公園で遊んでたら、男のひとに連れて行かれて……。それで、刺されて。」
アスランの顔はとても痛々しいもので。
もしかしたら、こんな話は聞きたくなかったのかもしれない。
そう思うと、顔から血が引けそうだった。
しかし。
「大丈夫、俺は別にキラに何かがあったって嫌いになったりしないし、別に気にもならない。ただ、きっと綺麗そうな肌にそんな傷があるなんて勿体無い。……今から会えるなら、俺はその刺した男とやらを刺しに行きたいよ。」
そういって、アスランは自分のシートベルトを外し、キラの体を抱きしめた。
「これからのキラは全部俺のものだから、そんなことは絶対させたくない。……きみの体に傷をつけるなんて、絶対やらかしたくないよ。キラは俺の大切なひとなんだから。」
言い終わると、アスランはキラの瞳をじっと見つめて、そして顔を近づけてくる。
キスの合図。
キラは目を閉じ、そのやさしいくちびるに体を委ねた。
触れるだけの唇を合わせているのが、次第にアスランの舌がちろちろとキラのそれをやわらかく突く。
うっすらと口腔に招くと、それはキラの口の中を犯した。
「……んふっ……。」
十分味わったのか、アスランの舌はキラの中から出て行き、アスランは唇を離した。
「話してくれてありがとう。愛してる、キラ。」
話してくれるのは、自分に信頼を置いてくれている証拠だ。
嬉しくて思わず言葉を漏らすと、キラは顔を真っ赤にした。
そういう、初心な反応がとても可愛い。
絶対に手放したくない。この腕の中でずっと、可愛がりたい。
世間のひとに晒さないように、自分の中で縛っていたい欲が溢れ、しかしその思考に危ないと、アスランはストップをかけた。
「そういや、ごめんなさい、運転中に。」
キラの話をちゃんと聞こうと思い、ウインカーを出して車を端に寄せ、キラの話を聞いていたのだ。
「気にすることはないさ。キラの大事な話を聞くんだから、運転しながらでは悪い。」
「ありがとう。」
こういう、当たり前だけれど、あまり言えないひと多い、お礼の言葉がすらりとキラの口から零れるのも、いいところだと思う。
それに、レストランのときの、自ら自分の食べたものを支払おうとする姿も、中々気に入った。
今までの付き合った彼女たちは、お金を払ってもらえるのが当たり前だと思っているのか、財布さえも握ろうとしなかった。
また、支払うつもりもないのか、値の張るものを食べたがるのも、見ていて分かるのだから、気分が悪い。
以前付き合っていた人間をキラと比較するのは良くないのかもしれないが、そう思わずにはいられない。
こんなにも純粋で、きれいな、俺の彼女。





陽も傾き、夕暮れ時になりつつある。
やはり、夜までには、キラを家に帰すべきだと思いつつも、どうしても見てもらいたいものがあり、アスランは自宅にキラを誘った。
家に住むというには、ひとり身では寂しすぎるために、マンションにたたずまいを持つ。
そこは、幸か不幸かキラの自宅から、そう遠くない場所に立地している。
そのガレージに滑らかに車を納めると、キラに車から下りるように促した。
「おいで、キラ。」
肩で、キラを抱き、顔を知らぬ道行くひとにも、この子は自分の彼女なのだと主張をする。
それぐらいに、とてもかわいい女の子である。
エントランスまで来ると、先ず暗証番号を入力しなくてはならない。
その暗証番号をキラの耳元で囁くと、案の定、びっくりしたような視線でこちらを見ているのが分かった。
「どうして……!大切な番号なのに……。」
「そりゃ、大切な番号だからこそ、大切なひとの記念日だよ。」
そう、ここの解除番号は0518なのである。
無事に認証した後、一番奥にあるエレベーターまで行き、最上階のボタンをクリックする。
「キラは高いところは平気?」
「全然大丈夫。ジェットコースターも好きだよ。」
「そう、なら今日は遊園地にでも行けばよかったかな。」
惜しいことをした、というアスランに、キラは頭をぶんぶんと振った。
「ううん、今日はアスランと一緒に居れて楽しかった。ランチもご馳走さまです。」
「キラはちゃんとお礼が言えるところがいいね。次のデートは遊園地かな。」
そういっていると、目的地に着いたのが、静かに扉が開いた。
最上階とあるだけに、ここから見る都内の景色はなかなか爽快なものがある。
少し歩いて、扉の前まで来たところで、アスランはキーホルダーから自宅の鍵を外した。
「これは、キラにあげる。来たいときにいつでも来なさい。……まあ、仕事のときには、学校にいるけれど、それ以外のときには大抵ここに居るから。」
ぽんと、手のひらに乗せられた、銀色のそれは、キラにはきらきら光っているように見える。
まさか、こんな大切なものを貰えると思っておらず、突然の行動にびっくりしつつ、しかし、嬉しさは隠せなかった。
「ありがとう、アスラン。」

最上階のフロアを全て買い取り、それを改築したらしく、他に扉は見当たらなかった。
貰った鍵で、早速開けてみるように促され、ゆっくりとそれを開錠すると、暗闇の落ちた空間が現れた。
しかし、それには気をとめずに、アスランはキラの手を引く。
一体、見せたいものとは何なのだろうか。
つかつかと歩き、それは丁度玄関扉とは正反対にあたる方角につれてこられた。
部屋の中を見る限り、どうやらそこはリビングのようだ。
ソファ、テレビ、読みかけの新聞。
そこからは、確かに誰か部屋の主が腰を下ろしている雰囲気が伝わってくる。
「ねえキラ、見て。」
呼びかけられて、そちらを見ると、キラは思わず声を上げた。
「わあ……。」
白い透けたカーテンから見えたのは、地上から離れた空間からでしか見ることの出来ない、美しいイルミネーション。
それは、とても豆粒のようで小さいけれど、広い場所で繰り広げられたその光たちは、連なっているようにも見え、ひどく眩しい。
「綺麗だろう。」
「うんっ。」
こんなにもきれいな景色を見たのは、久しい。
「ここを、初めてのデートのときには必ず見せようと思っていたんだ。」
いつもアスランは自分のことを考えてくれている。
大切に想ってくれている。
それが、今日のデートでもひどく感じられて、愛されているのだなと思った。
うれしい、うれしい。
特別なことは出来ないけれど、キラは精一杯のお返しをした。
彼の首に腕をまわし、自分の身長に合わせて膝を折ってくれたアスランの耳のこう囁くのだ。
真っ赤にした顔で。
「ありがとう。……だいすき、アスラン。」




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