2章 色づく華 1
「失礼します…・・・。」
声を掛けて物理室に入ると、やはり他の生徒が先約に入っていた。
「だってえ、何でここで熱量がこうなるのか分からないんですう。」
「それは、ここに載っているだろう。そもそも公式の意味を理解していないようなら、全然分からないと思うが……ほら、ここだ、熱効率の公式を理解してきなさい。」
「んーはあい。分かりましたあ。後ここが……。」
やはり、ここに来たのは失敗だったのかもしれない。
他の女の子と、自分の恋人が一緒に話しているのを見ていていい気になることなどない。
決してそれが不純でないと分かっていていても。
出ようとすると、アスランの視線がこちらに向く。
―――ごめん。
そう言いたげな視線に、キラはやんわりと笑って、大丈夫、という素振りを見せた。
「失礼しました。」
つい二週間まえ、物理科のアスラン・ザラ先生の誕生日に、付き合うことになった。
それは、キラからの告白なのか、アスランからの告白だったのかはいまひとつ分からないけれど、それでも、お互いがお互いのことを思っていたらしく、めでたくカップルになったのだ。
先週と、その前の先週の休みは、キラの試験期間と試験中のために、会うことさえ出来なかったけれど、明日の休み、初めてのデートだ。
うれしくて、うれしくて、その気持ちを隠せずに、知らず、キラの足取りは軽くなっている。
早く明日になればいいのに。
「ねえ、キラ。」
「なに?」
試験が終わっても、時間の暇を見つけてはこつこつと勉強をするキラに、フレイは、よくやるわねと、その参考書を手にとった。
「明日が初デートな訳?」
ちょっと邪魔しないでよ、とフレイの取り上げた参考書を取り返そうとした、その時発せられたフレイの言葉に、キラの頬は一気に赤くなった。
参考書を取り返そうとした、その元気のよかった腕がしなしなと、キラの膝の上に落ちていく。
「……わ、分かる?」
他のひとにも分かるくらい、ゲンキンな態度になっていたのだろうか。
家に居る間なんて、カレンダーを見てはずっとにやけている。
一応自覚はあるし、やはり相手が相手なだけに、学校では気を引き締めているはずなのだけれど。
「まあ、それなりには。…・・・そうねえ、きっとサイには分からないと思うわ。長い間一緒に居るからかもね。」
そういって茶化すフレイは、キラの彼氏を知っている。
後押ししたのも、尻を叩いたのも、当の本人であるから、当たり前だといえば当たり前だ。
晴れてキラと彼が恋人同士になったことを、とても喜び、そしてキラに、いつまでも好きでいてもらえるように、ふんだんに努力するよう、教えを説いたばかりでもある。
フレイはいつも前向きで、光っていて、自分の背中を押してくれる大切なキラの友人だ。
たまに毒舌も吐くが、それでも、いつまでもネチネチ言わないのがいいと思う。
「テストも終わったしね〜あ〜いいわ〜。私もそういう初々しい気持ちに返りたーい!」
そう叫ぶ彼女にも、ちゃんと彼氏がいるのだが、その彼氏は彼女の幼馴染であり、親同士も仲いいのだという。
幼馴染でありながら、恋人同士になるのは、傍から見ていたキラにとって特に違和感のないものだった。
しかし、ずっと一緒に過ごしてきた仲であるために、恋人同士になっても、そう環境や気持ちが変わることはなかったらしい。
「でも、大人とのデートって、最近の高校生とはちょっと違った感じがするわね。繁華街で歩き回るっていう感じではないわね。どこに行くとか、約束はしてるの?」
「ううん。けど、学校の近くとかは絶対に無理かな、後やっぱり繁華街の近くも。」
先生と生徒。
これは、祝ってもらえるものではない。
スキャンダルにもネタになってもいけないから、一緒に会うのは、用心を払う必要がある。
「大人っぽくていいなあって思うけど、やっぱり大変そうね。まあ、その感想はまた聞かせてもらうとして。さ、ランチに行きましょ。」
「うん。」
「今日は何を食べようかなあ…・・。キラはお弁当?」
「うん。今日はオムライスなんだ。」
いま、この瞬間がしあわせだと思える。
うれしい。