愛しさの対象、それは俺の彼女。

3章 熟れた果実  2





「えっ、キラが?」
フレイに、物凄く意外だと書かれているような顔で、こちらをじっと凝視した。
「あんなにも晩生なあんたが、旅行?」
へえーとフレイは、呟いた。
もうすぐクリスマスがやってくる。
恋人の季節といわれる季節、それはキラも例外ではなく。
しかも、突然舞い降りたチャンスに、アスランと旅行に行けることになったのだと、キラは嬉しそうに話したのだが。
終わった瞬間に、フレイは物凄い形相をした。
何か変なことを言ったのだろうか。
「え、だって……そんなに驚くことかな?」
何故そんなにもフレイが驚くのか分からず、キラは困った顔をした。
「あんた、分かってるの?……いや、分かってないから、そんなに楽天的なのかしらね。」
彼女は深く深く、息を吐いた。
「泊まるっていうことは、それなりに色々と付加サービスみたいなものがあるのよ。昼間の彼氏の家ならいざ知らず、夜一緒にひとつ部屋の中に布団を並べてって……。」
そこまで言って、フレイは考えた。
あの見かけは天使の腹黒なキラの彼氏ならば、黙って布団に潜るのだろうか。
キラのデートの話を聞く限り、アスランはフレイの受けるイメージの正反対を突っ走っている。
授業の様子からして、腹黒いと確信できることが幾らもあるのに、どうやらそれはデートのときには成りを潜めているのか。
どうやら、かなりキラのことを大切にしてるようだから、このことはキラにとって、いらないおせっかいなのかもしれない。
「並べて何があるの?」
言いとどまったまま、何も話さないフレイに焦れ、キラは続きを催促するが、フレイは何も言わなかった。
「その先はあんた自身で考えなさい。キラのことを大事にしてくれる彼氏だからいいものの、狼みたいな奴だったら、今頃きっと脳内餌食になっていたわ!」
そう言ってフレイは高笑いをする。
―――そんな男なら、私は即座に邪魔する企画を立ててやるわ。その前に恋人同士の関係なんて、潰してやるわ!カップルクラッシャーと言われようとも!
妙な闘志を燃やしつつ、しかし、それはきっと、使うべきときがくることはまずないだろう。
キラから話を聞く限り、きっとアスランはキラのことを離さないだろうし、キラも相当アスランに想いを寄せているようだから。
それは、キラの胸に秘められた恋心が成長しているような姿にも見える。
あんなにもひとを好きになることに初心だった彼女もこうして、こころも大人になっていくのだろう。
ミドルスクール時代からの親友は、まるでキラを手放すのを惜しいような母親の気分であった。
そんなフレイをさておき、キラはフレイが言わんとしていたことが何なのか、考えていた。



「……って、それでここの博物館に行って、……ってキラ聞いてる?」
ガイドブックを広げ、どこに行こうかとアスランは大まかな予定を立てているのだが、キラはまるでそっちのけだ。
「キーラっでば。どうしたの?」
「あ、アスラン。どうかした?」
肩をぽんぽんと叩くと、やっと反応するといった始末に、アスランは深い息を吐いた。
「……もしかして、キラは明日からの旅行が嫌なのか?」
すっかり肩を落としたアスランは、キラの思うところが分からず、すっかり声音のトーンが落ちてしまった。
明日からの旅行。
それは、アスランにとって、とても楽しみで、これを目標にしばらく頑張って仕事をしてきたといっても良いくらいである。
どこに行こう、何をしよう、と頭の中で計画を立て、いざ観光マップなどを購入し、ガラステーブルの上に並べて話していても、まるで、隣に座っているキラはどこかの世界の住民のようで。
そんなアスランの様子を見て、キラは違うの!と大きく否定した。
「じゃあ、何だって言うのさ?キラはちっとも明日からのことを考えてないみたい。」
「ううん、僕もちゃんと考えてるよ。」
「何を?」
「うん、えっとね……フレイが夜一緒に過ごすのは普通の狼なら脳内餌食だって言うんだ……。旅行でアスランと夜一緒に寝るでしょう?僕は楽しみなんだけど、フレイはそんな楽天的なって言うんだけど、僕って何か間違ってるのかな……。」
キラには性の知識が足りないところがある。
それは、以前から少し感じていたことでもある。
普通、男のひとの部屋に入るのは、一般的な女性は結構躊躇するように、アスランには思えたのだ。
アスランが今までにつきあったひと中の、実際そういう人間が居た。
―――男のひとの部屋に入るのって、まるでオッケーサインみたいじゃないの。
確かになるほどな、と思った瞬間でもある。
キラの初めてのデートのときは、純粋な気持ちで、夜景を見せたくて自分の部屋に誘ったが、それいがいの他意はないつもりだ。
しかし、それ以降の、アスランの家でゆっくり休日を過ごすことについて、キラは反対するよりも、そちらを自ら選択してきたのである。
普通はもう少し、そういった面でも晩生になてもおかしくないのだろうか、確かに危機感というようなものが足りないような気がするのは否めない。
フレイが言ったという、脳内餌食というのは大凡、自家発電の際のオカズのことを指しているのだろう。
まあ、付き合った狼でなくても、付き合っていない犬どもらのオカズになっていないとも言えないような気がするが。
そうなる前に、キラのからだも自分の物にしたいと思う。
別にそれを強く望んでの旅行ではないが、それが今回の夜に少しでも触れることが出来ればなと、アスランは考えていた。
それを見逃さないキラの親友と名乗るフレイ・アルスターは、かなり目ざといようにみえる。
最後までキラに告げなかったのは、キラへの優しさなのか、それとも。
しかし、その優しさをアスランは振り払った。
「アルスター君の言いたかったことは、きっとからだを繋げることじゃないかな。」
こんなこと、というのはおかしいが、このことで頭を悩まされて、自分の話をキラに聞いてもらえないのは、どうにも納得いかないのだ。
何れ、キラも知ることであるだろうから、今言っても問題ないだろう。
アスランは流すように、さらりと言ってのけたが、当のキラの反応はとても分かりやすいものだった。
なるほど!という表情を見せた後、あっという間に顔を真っ赤にした。
「!!」
耳まで真っ赤にしているキラは、相当混乱しているらしく、アスランは彼女の様子を微笑ましく見ていた。
しかし、このまま放っておくのもかわいそうで、アスランはこう話しかける。
「…・・・キラはこういうことは嫌?いつか、そういう風になるのは考えられない?」
「……。」
言葉で返すことは出来ないが、出来る限りの返事で、キラは首を横に振った。
今までそんなことを考えたことはなかった。
確かに、恋人同士の関係ならそういうことが必須というか、付き物みたいになってくるのだろう。
知識としては知っていたが、そのことはキラの中からすっかりと消え堕ちていた。
今はアスランがすきですきで、大好きで、それをどうやって伝えたら良いのか、どうしてその気持ちを相手に知ってもらえるのか。
初めての恋愛に、キラは想いだけでいっぱいいっぱいなのだ。
「そう、嬉しい。いつか、キラが納得できたときに、そういうのはするものだし、きっとこころにからだがついてくるときがあるよ。」
そう言ってアスランは笑って言ったけれど。
―――キラのことを大事にしてくれる彼氏だからいいものの、狼みたいな奴だったら、今頃きっと脳内餌食になっていたわ。
フレイはああ言っていたけれど、アスランは自分のことをすきだから、そういうことを我慢してくれるのかな、とキラは頭の片隅で考える。
もしも、アスランがしたいのだったら、自分にそう言ってくれればいいのに。
だけれど、アスランが言うように、自分は未だこころとからだが上手くついて行っていないのかもしれない。
はじめての恋に、いつもどきどきしっぱなしで、こころが静かに落ち着くときがない。
今、アスランは何をしているだろう、と果てのないことを考えたり、自分のすきな気持ちがちゃんと伝わっているのだろうか、とか、今凄く抱きしめてほしいと思ったり。
もしかしたら、今までに恋愛を何度もしてきたことがあるアスランにとって、自分は中々うまく物事が進まない、トロい女だと思っているのだろうか。
いつまで経っても、その先の関係に進めなくて、扱い難い人間だと思っているのだろうか。
考えれば考えるほど、不安は尽きない。
自分はまだまだ未熟な人間で、未熟なアスランの恋人。
でも、自分だって、アスランのことを一番に想っている。
大好きだし、誰にも渡したくない。
ずっと自分だけのことを見ていてほしい。アスランにも、一緒に居て楽しいと思ってもらいたい。
ずっと恋焦がれている。
そんなアスランが望むなら、今からだって、何をされてもいい。
自分はアスランのものだから。
「あの……。」
こんなことを言うのは変だろうか。
「どうしたの、キラ。」
アスランはたまに寂しそうにするけれど、自分に対して突然怒ったりすることもないし、理不尽な怒りを押し付けることもない。
いつも笑っていて、自分にとても優しい。
このひとの好意に、甘えているだけは嫌だ。
自分のだいすきなひと。
「僕のこと、抱きたかったら……いつでも、言って、ね…・・・。」
やはり、こんなことを言うのは凄く恥ずかしくて、言葉が途切れがちになる。
いつも、話をするときは、出来るだけ相手の目を見るように心掛けているが、このときばかりは、それを実行することは出来なかった。
それでも、自分の思いをしっかりと伝えておきたくて、なけなしの勇気をかき集めた。
言った後、アスランからの反応がなくて、やはり自分はまずいことを言ったのかもしれないと、おずおずと彼の顔を見上げると、思いもかけず、物凄く彼の顔は赤くて。
「あ、アスラン?」
一瞬おおきく笑ったかと思うと、再び静かに笑い、そしてキラの背中に手を回した。
「ふふっ、キラがそんなことを言うとは思わなかった。キラの気持ちは貰っておく。ありがとう。けど、本当に、キラのこころの準備が出来てからでいいんだよ。」
未だ笑いが消えず、しかし、もしかすると、これがアスランの照れ隠しなのかなと思うと、アスランが急のふつうの男のひとに見えたような気がした。
「ううん、僕はいつでも大丈夫。アスランのことは大好きだから、いつでもいい。」
ちゃんと、本気の気持ちを伝えているのだが、アスランはうんうんと言ったまま、それ以上何も言わなかった。
それでも、それは馬鹿にされているとかそういう風には全く感じられなくて。
自分は本当に、アスランに愛されているのだと、キラが実感した瞬間だった。
こんなにもひとに愛してもらうことが、気持ちよくて、嬉しくて。
じぶんの中の隙間が少しずつ、アスランによって、ゆったりとした暖かいもので閉じられている感じを、キラはゆるやかに、しかし確実に感じ始めていた。



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