愛しさの対象、それは俺の彼女。

3章 熟れた果実  4





1日目、予定していたものを全て観ることが出来たふたりは、旅館へ戻った。
戻って、まず大浴場に行くことにした。
肩凝りをはじめとする身体にいい成分が多く含まれているらしく、しかし部屋風呂にひかれている温泉湯とまた成分が違うということから、先にそちらに行くことにしたのだ。

三十分後にここで、という約束を取り交わし、キラは女湯とかかれた暖簾を潜った。
中には、そう沢山のひとが居るような感じではない。
少し安心して、それから端の方の場所に位置する籠の中に衣服をたたみ、手早く湯煙のたつ方へと向かった。
丁度、心臓部分にあたる皮膚が、昔切り刻まれた跡が残っている。
やはり、ひとの見世物になるのは嫌で、持って入った小さなタオルでさり気なく隠しながら、その歩みを進めた。
貧相で、色気のない身体であるけれど、白い肌に浮かぶ、その少し、色と皮膚の感じの違う箇所は、とても醜いものだ。
先に身体や頭を洗ったほうが、気持ちが楽になるのかもしれないと思い、浸かった湯から早々に上がり、シャワーを身体に流す。
いつもと違うシャンプーの上に、リンスインシャンプーは、髪が絡まってしまうのを今までの旅行の際に何度も経験してきたことである。
自宅で使っているボトルの白い、シャンプーを何度かプッシュした容器を、手のひらに流し、そそくさと泡立てた。
身体もボディーシャンプーで丁寧に洗い、再び湯に浸かる。
何となく、落ち着いた気持ちになったのか、まわりの様子を見渡す余裕が出てきた。
ぐるりと回りを見ると、いつのまにか、皆脱衣所の方へと行ってしまい、風呂場に居るのはキラひとりだった。
何もあんなに焦らなくても良かったのに、と思いながら、キラは露天風呂の方へ足を伸ばした。

風が冷たい。
顔に当たる風は冷たいが、しかし身体は非常に温かい。
湯の表面から浮き上がる湯煙が、見える景色を絶景へと変えていた。
陽はすっかり沈んでいたが、その淡いオレンジは残っていて、その光がとても美しい。
隅に等間隔に置かれたライトが水面にゆらゆらと揺れ、まるでそこはどこか、いつもと違う世界だった。
「きれい……。」
思わず言葉が漏れる。
この景色をアスランと見たいと、強く思う。
彼はこの景色を見ているのだろうか?
違う場所には居るけれど、同じものを見て、彼も美しいと思ってくれていたら、と、キラはそんなことを思った。
しかし、今日1日本当にヤキモキさせられたなあと、観光に出向いたときのことを思い出す。
観光客の中には、やはり女性同士というグループも多くいた。
そのおんなのひとたちが、アスランを見ては、他のひとに囁くのだ。
―――あのひと格好いいわ!見て。
―――うわあ。格好いいっていうか、美人!
―――あんな彼氏ほしいっ。
自分の彼氏が格好いいと言われるのは嫌じゃない。
けれど、まるでそれは自分とは釣り合っていない、といわれているような気がするのだ。
胸元が大きく開いた、短いスカートを履き、髪も長くてカールを巻いている。
表情もまるで大人で。
それに比べて自分は、貧相なからだに、髪もそう長くない。
それでも、アスランは自分のことをすきだ、と言ってくれるから、その言葉を信じているけれど、そんなにうつくしくもない自分のことに、これから彼が飽きてくる可能性もないわけではない。
きっと別れないよ、とか結婚とか、そういう話を今までに幾度かしてきたけれど、それをそのまま鵜呑みに出来るほど、己惚れている訳でもなかった。
だから、繋いだアスランの手をぎゅっと握り返したけれど、これから未来、アスランと共に生きているのだろうか、と思うと寂しい風がざわりと吹いたように、キラのこころは冷えていく。
暖かい湯に浸かっているのに、ともすればすぐに冷えてしまうこころに、キラはこれからどうなるのだろう、と漠然とした気持ちを持て余した。


ふたりとも丁度約束した三十分後に、風呂から出てくることが出来た。
どちらの顔も少し赤く、ぎりぎりまで風呂に浸かっていたことが見て取れる。
うつくしかった、あの景色のことを話すと、やはりアスランも見ていたらしい。
「もしかして、キラ、何か喋ってた?俺、きれいって、キラが言ってるの聞こえたような気がするんだけど。」
「え、聞こえたの?確かに僕、そういうこと言ったけど……そんな大きな声だったのかなあ」
話すキラの姿はとても扇情的で、アスランは直視することが出来なかった。
風呂に入るまでの服も、とても似合っていたが、風呂に上がった来ているキラの服もとても可愛い。
膝丈のジーンズに、薄い長めの丈のキャミソールの重ね着に、その上にパーカーを羽織っているのだが、そのパーカーから覗く、鎖骨やうなじは色っぽく、また、拭き切れていない髪から滴りそうな滴が何とも言えない。
一緒に歩いていると、他の男の視線がキラに寄せられているのに気がついたアスランは、自分のものだと主張するかのように、さり気なくキラの腰に腕を添える。
そうして、少し自分の方へ寄せると、気づいたキラが顔を赤くしていた。
「ア、アスラ……びっくりするよ?!」
顔と顔の距離が近くなり、益々彼女は顔を赤くした。
「別にびっくりすることじゃないさ。だって、俺たち恋人同士だろう。みんなに見せびらかしたいんだ。俺にはこんなに可愛い彼女が居るんだって、ね。」
そうして、アスランはうなじにキスをひとつ落とす。
とても、甘い味がした。
「……照れるってば……。」



部屋に戻ると、丁度食事が用意されていた。
それをふたりで箸を突きながら、今日の観光の感想と、明日の予定を話、そしていつものようにとりとめのない話をした。
その後、食事を下げてもらい、備え付けの葉を使って、キラはふたり分のお茶を入れた。
そうして寛いでいるところに、再びひとがやってきて、布団を敷いていく。
少し慌しいなあと思ってその光景を見ていたが、ふたつ並べられた布団を見て、キラはいらぬ想像をしてしまった。
―――アスラン、したいと思ってるのかな。
赤くなった顔をどうすることも出来ず、しかし、これはまるで自分がやりたいようだ、と思いさらに混迷していく。
火照った顔をどうすることも出来ず、キラはアスランに断り、その場をたった。
「ちょっと顔を冷やしてくるね。」
「ど、どうしたの、キラ?」
前触れもなく立ち上がるキラに、一体何が起きたのかとアスランは尋ねたが、キラにそれを答えられるわけもなく。
「ううん、何もないよ。ちょっと熱いだけ。」
備え付けられているベランダに出ると、風がひんやりと火照った頬を撫でる。
見える庭の手入れされたそれに目を移しつつ、しかし、その目はしっかりとそれを映してはいなかった。
―――セックスって、すると益々相手のことが好きになるのかな。
はじめてはするときは痛い、と確かフレイが言っていたような気がする。
痛いのがいやだとか、そういうことを懸念している訳ではないけれど、何か頭の中にくすぶったままだ。
それは未経験ゆえに生まれてくるものであるのかもしれない、はたまたキラの中にたまたま内在する悩みなのかもしれない。
結局はよく分からないけれど、それでもアスランがそれを望むなら、自分はしたいと思う。
益々相手のことがすきになっていくのなら、したいと思う。
そして、相手にも自分のことを益々すきになってもらいたい。
「キーラ。身体冷えるよ。」
カラカラと扉が開く音がして、そちらを振り向くと、アスランはキラの上着を持って、こちらにやって来ていた。
「ほら、顔を冷やすんでも、身体を冷やしたら意味がないだろう。はい、袖を通して。」
そういって、アスランは甲斐甲斐しく、キラの腕に袖を通す手伝いをし、最後には乱れた襟を直してやった。
「どうしたの、キラ。」
「ねえ、アスラン。」
「ん?」
「大人のキス、して、欲しい……。」
言うと、やはり照れるが、それでも霧消に、アスランの唇に触れたかった。
こんなことを言うのは、やっぱり嫌なのかなと思いアスランの方を見ると、そんな表情はしておらず、その目はまるで自分を慈しんでいるようだ。
頭に手を回され、アスランの顔が近づいてくるのを知ったキラはその瞳を閉じた。
暖かく、少ししっとりした唇が、自分のそれを塞ぐ。
いつのまにか、腰にもアスランの手が回されていたらしく、ふたりの距離はとても短い。
入ってきた彼の舌は、キラの口内を嘗め回して、まるで全てを奪いつくすようにねっとりとしている。
キラは彼の背中に腕を回し、そしてぎゅっと抱きしめた。
離さないで。
離さないで、ずっと抱きしめていて。
そんな思いがアスランに伝わったのか、キラの唇から離した後に、こう呟いた。
「ねえ、キラ。……セックス、する?」


静かにアスランはキラの身体を横たえ、そして再び彼女の唇を塞いだ。
翻弄させるように、口腔内の全てを舐めとると、離れた唇からどちらのものか分からない、透明の糸が生まれた。
そして、キラの服に手をかける。
灰色の、肩に掛かっていたパーカーを取り除き、そしてジーンズをゆっくりと脱がす。
キャミソールを順に2枚脱がし、それから下着も、ゆっくりと外した。
相当に恥ずかしいのだろう、キラの顔は非常に赤く、その視線はどこか違うところに向けられている。
直視は恥ずかしいだろうと、部屋の光は落とし、備え付けの優しい赤い灯を出す、和風のフロアランプだけを点灯している。
あかいひかりが、部屋を、キラの表情をうつし出していた。
顔を撫でながら、もう片方の手を身体の方へと這わしていく。
白いきめ細かな肌は、アスランの手をさらさらと撫でさせたが、ある箇所で、少し肌の感覚の違うところに出くわした。
あれ、と思い、そちらに目をやるとそこは、キラの気にしていた、刃物で傷付けられた後が残っている。
キラも、彼の手がそこに触れていることに気づき、アスランの顔を見た。
「醜い、でしょう……。」
自分で言うのはとても情けないような、羞恥心とは違う、何か申し訳ないような気持ちが胸の中に押し寄せ、そして自虐的な言葉が漏れた。
それでも、大浴場では絶対に見られたくない、と思っていたけれど、アスランの前に見せることは、そう嫌ではなかった。
前に話したことがあるから、知ってもらっている、というのもあるし、その傷があってもキラ自身は何も変わらない、と言っていた言葉がしっかりとキラの頭の中に残っているからなのかもしれない。
それでも、あまりこの傷のことをひとのさらしたくない。
同情そうな目を向けられると、もっと辛くなるから。
「……きれいだよ。キラのどこもかしこも、白くて、肌がまるで吸い付いてくるみたい。怪我なんて、ひとが生きている上では付き物だし、付いてしまったものは仕方がないだろう。けれど、キラは醜くくもないよ。きれい。」
そういって、執拗なまでにそこに触れてくる。
そして、そこにもキスを落とした。
「キラのどこだって、愛おしいよ。」
そう、キラの顔を見て言ってくれる彼の瞳は、けっして馬鹿にしている風でもなく、真剣そのものだった。
キラは泣きたいような気持ちになった。
「うん……ありがとう。」



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