愛しさの対象、それは俺の彼女。

3章 熟れた果実  6





いつもと違う感触に、あれ、という気持ちになる。
普段はもっと、ふんわりとした重みが身体の上に乗っかっているけれど、今日は、何かに包まれているような感覚がする。
ゆっくりと目を開くと、思わぬ光景にびっくりした。
「!」
目の前には、端整な顔の寝顔がある。
そして、きっとアスランの腕が、自分の身体に巻きつけられている状態らしい。
そうして、キラは昨日の夜のことを思い出し、顔を赤くした。
裸を曝し、そうしてつながった。
自分の身体を見てみると、どうやら備え付けの旅館の浴衣を着ているらしい。
昨日の記憶は、アスランがゴムの中で爆ぜた後の、その熱に驚いたところで途切れている。
どうやら、意識を失った自分を、アスランが介抱してくれたらしい。
思い出せば、昨晩はとんでもないくらいに恥ずかしかった。
けれど。
自分の中に何かもの凄いものを埋め込まれているという、違和感はとても大きかったけれど、それにも負けないくらいの充足感というか、満たされたような気持ちになったと思う。
今も少し、昨日の夜に感じた違和感が残ったままで、何だか下半身がだるいような気がする。
それでも、ちっとも嫌な気持ちにはならなかった。
自分が果たして、アスランを気持ち良くすることが出来たのかどうかは分からないけれど、きっとそうだったらいいのにと思う。
痛かったし、恥ずかしかったけれど、確かに普段の生活には得られないような、繋がったという、確実な感覚がさまざまと感じられた。
性行為が愛を確かめ合う行為なのだと、確か学校の教科書に書いてあったように思うけれど、それも確かに納得できるような気がする。
あの、静かにアスランが自分の中で爆ぜた感覚は、愛されているというような感覚があった。
自分の中でアスランが動き、それの回数が多くなればなるほど、彼のものが時折大きくなっている感触も感じられ、それは痛かったけれど、それよりも大きなものが感じられた。
ずっとアスランに抱きしめてもらっていたい。
そんな想いが、ますます酷くなったように思う。
抱きしめられると、何かあたたかい水の中にゆらりと揺れているような感覚がある。
とても気持ちいい。
キラはもう一度目を閉じた。



「キラ。」
静かに肩をぽんぽんと叩かれ、そして耳元で囁かれる声に、キラの意識はゆったりと水面から顔を出した。
「あ、おはよう。」
「おはよう、もう直ぐ朝ごはんが運ばれてくるから、ね。」
そう言うアスランはもうすでに、服に着替え終わっているようだった。
「うわ、ごめんなさい。もう、そんな時間だったんだ。」
一度起きたのに、もう一度寝なおしたのが問題だったかなと思いながら、身体を起こす。
やはり、下半身が酷くだるい。
けれども、食事を部屋に運んでもらうとなると、こんな格好では申し訳ない。
早々に着替えねばと思い、腰を上げようと思ったが、何故かかくんと落ちてしまい、力が入らなかった。
どうしたらいいのか分からず、頼る先はただひとり。
「アス、ラン……。」
何だか情けないような気持ちになり、頼るような視線で彼を見ると、どうやらアスランはずっとキラの方を見ていた。
「どうしよう……。腰に力、入らないみたい……。」
「ああ、大丈夫。もしかしたら、と思っていたからね。」
どうややら、アスランの中ではこの状況は予測済みだったらしい。
ふんわりと抱き上げ、キラのキャリーの傍へと運んだ。
「一時的なものだし、あれからかなりの時間が経ってるから、そう経たないうちにちゃんと歩けるようになるよ。」
「うん、ありがとう……。」
昨日のことものあり、恥ずかしくてアスランの顔を正面から見ることができない。
反面アスランは、さわやかなほどの笑顔で。
―――場慣れ、してるの、かな……。
嫌な感触が胸を襲い、それを振り切るようにキャリーを開け、今日着ようと予定している服を取り出す。
そして、浴衣の紐をとり、前を開けて、さあ着替えようと思った時、キラは再び驚くこととなった。
胸周りから下部にかけて、赤い跡が残っている。
確か、昨日の夜、執拗なまでに吸っていたのを、キラは思い出し、これがキスマークなのか、と顔を赤くした。
考えて跡を残したのか、服を着ると見えてしまうようなところに跡が付いていないのが、これ幸いといった感じである。
愛されているのかな、と思いながら、しかしやはり恥ずかしさは拭えなかった。

食事は運ばれ、座椅子に座ろうと思ったが、どうやら未だ腰に力が入らないようで、再びアスランの腕で運んでもらう。
その時に、囁かれた言葉は、ようやくキスマークの恥ずかしさにほっと息を吐いた後であったのに、再び顔を赤くしてしまうものだった。
「昨日のキラ、凄く可愛かったよ。」
「……!!」
何もご飯の前に言わなくても、と思う。
赤い顔をしながらもう、と怒りながら、しかし可愛かったと言われ、少し嬉しくなったキラは、その表情をどうすればいいのか分からず、こくんと頷いた。



その日の観光は、雪が降り、少々寒いものだった。
しかもクリスマスと丁度重なり、ホワイトクリスマスに浮かれたひとがごった返している。
今日も、はぐれない様に、とふたりは手を握り合っていた。

日中は度々雪が止んだりすることがあったけれど、陽が沈むと再びそれはきつく降り出した。
寒さが酷くなってきたこと、また昨日の夜、無理させたこともあるからと、アスランは予定を切り上げ、早々に旅館に戻ることにした。


和風の旅館であるが、クリスマスツリーが玄関には飾られており、点いたライトが色とりどりに光っている。
部屋の鍵を受け取り、そのまま二人は部屋へと移動した。



季節のものを取り込んだ和風仕上がりの食事は、普段から食べているものから、そう口にする機会が少ないものまで、色とりどりだった。
こちらも、キラは丁寧な所作で振る舞い、また出てきたものを残していなかった。
こういうところが、しっかり躾けされていて、見ている側としては、本当に気持ちいいと思う。
完食の後それから、食器類を下げてもらい、入れ替わりに、昨日と同じように、布団を引きにひとが入ってきた。
今日は、さすがにキラのことを考えて、そういう行為に流れ込むわけにはいかないし、今日は渡したいものもあったから、縁側に、そこだけ洋風になっているふたりがけのソファの対面状になっているうちの片方に、ふたりは寛いでいた。
まだ、ベランダの方を見ると、雪はしんしんと降っているらしく、つくりあげられるその世界はまるで銀世界のようだ。
しばらくして、メイキングを終えたひとが出て行き、ざわついていた部屋も、ようやく静寂を取り戻した。
「キラ、メリークリスマス。」
「メリークリスマス、アスラン。」
観光中に、ワインを製造しているところがあり、とてもいい芳香を漂わしていたのだが、キラが未成年であることから、ふたりで飲めるようにとかったぶどうジュースを、開け、ワイングラスに入れて雰囲気を味わおうと、それにとぷとぷと注いだ。
果汁も多いことながら、渋すぎず、とてもまろやかな味だと思う。
舌の上にのったときの柔らかさに、キラは思わず美味しいと言わずにおれなかった。
言おうとして、アスランの方を向き直ると、彼は手に小さな、包装されたプレゼントのようなものを握っていた。
「キラ、クリスマスプレゼントを受け取ってくれる?」
いつもはそんな風に、おずおずというか、確かめるような物言いをすることは滅多にない。
否、いつも強引だとかそういう訳ではないのだが、確かめるような、というより普段は確認に近いような言い方をアスランはする。
しかし、今日に限って、いつもとは違った。
この言い方は、確か告白されたときの言い方に似ているような気がするなあと、薄っすらとそんなことを考えていたのだけれど。
もちろん、アスランからのプレゼントなら、何でも受け取りたい、と言おうとしたところで、キラははっと気がついた。
―――すっかり忘れてたよ、僕……。何も用意してない……。
初めて一緒に過ごすクリスマスなのに、クリスマスのことをうっかりと忘れていた自分は、まるで彼女失格のようだ。
「勿論受け取りたいけど、……ごめんアスラン。僕、旅行と被っていたから、すっかりプレゼントのこと、忘れてた……本当にごめんなさい。」
頭を垂れて、そう言うと、アスランはそんなことは気にしないと言う。
「それより、これ、受け取ってくれる?」
差し出された箱は、小さなもので。そして、そう重たくない。
ありがとう、と言って受け取ると、アスランは開けてみてというから、キラはその丁寧に包まれた包装を少しずつ剥がした。
そうして、現れたのは、ブルーの小さな箱。
箱を開けて、出てきたのは、リングだった。
「わあ……。」
その曲線が美しく、この淡い間接照明からだけでも、もの凄く綺麗に輝いている。
ダブルワイヤーに五つのダイヤモンドが挟まれており、それはとても上品で、しかしシンプルな仕上がりとなっていて。
「いつか、キラがハイスクール、それからユニバーシティを卒業したら、きっと俺と結婚して欲しい……。」
まさか、そんなことを言われるとは思っていなくて、キラは思わず、リングが収まった箱を落としそうになる。
しかし、そのアスランの言葉は、キラにとって願ってもない、嬉しいことであった。
「そんなの……勿論に、決まってる……。」
言いながら、自然と涙がぽろぽろ出てきた。
まさか、こんなにも嬉しい言葉をもらえるとは思っていなかった。
いつかは離れてしまうかもしれない、と描くことの出来ない未来を想像しては、このままずっと一緒だったら、と何度願ったことだろう。
形にされたようなリングが、ひとり堂々と光を放っているようで、キラは少し笑った。
「僕こそ、……僕と結婚してくれる、なんて……嬉しい。」
言うと、アスランはほっとしたような顔で、リングの箱をキラの手から受け取り、そしてそれを持つ。
そして、ゆっくりと、キラの左手の薬指に嵌める。
いつのまに指のサイズを測っていたのだろうか、それはぴったりと指に収まった。
「いつかこの指に、マリッジリングも嵌めたい。」
そういいながら、アスランはキラの、エンゲージリングが嵌められた指に、神聖な気持ちでキスをした。
小さなその指に、ダイヤモンドが光を受けて、何度も輝きを放っている。
「キラからのクリスマスプレゼントは、結婚の約束、かな。プロポーズ、受け取ってくれてありがとう。」
先程の遠慮がちな物言いから一点、からりと笑ったアスランの笑顔に、キラは申し訳ないと、詫びた。
「僕、何も用意出来てなくてごめんなさい、アスラン。でも、とても、とても嬉しい……。」
やはり涙があとから、あとから溢れてくる。
その滴を、アスランは唇で拭っった。
「泣かないで。キラには笑っていて欲しいから……。笑った顔の方がずっと可愛い。」
そう、言われてしまっては、泣き続けているわけにもいかなくて、キラは瞳に涙を溜めたまま、笑う。
「うん。」
それから、アスランは静かに、キラに口付けた。
こんなにも、幸せなクリスマスが今までにあっただろうか。
クリスマスに旅行が被ると分かったときに、そしてその旅行に行ってもいいと母が言ってくれたとき、それだけで、キラにとってはとても幸せなクリスマスになるだろうと思っていたし、その幸せこそが、今年のプレゼントだと思っていた。
それなのに、予想もしない、こんなプロポーズまで受けることが出来て、本当に嬉しい。
今までは、付き合っているけれど、でもこれからどうなるのかは分からないと、見えない未来にいつも、暗い想いを抱いていたけれど、こんな目に見える約束と、そして言葉になったプロポーズは、とても嬉しくて。
きつく抱きしめられたアスランの腕の中で、やはりキラは涙をいく筋も垂らしていた。




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