愛しさの対象、それは俺の彼女。

3章 熟れた果実  1





12月に入って初めての休日、ふたりは相変わらず、デートをしていた。
その日は、アスランの家のソファを新調しようというので、どのソファがいいのか、大きなデパートにきて、色々と選んでいたのだ。
どうして新調するきっかけになったのかといえば、原因の一端をキラが担いでいた。
真っ白いソファをリビングに置いているのだが、そこでキラがオレンジジュースをぶちまけてしまい、白いソファにオレンジ色の染みが出来ているという訳である。

普段、大抵のデート場所になるのは、そこにあるとは知っているが、なかなか行かないような観光地になっていた。
地元やその繁華街などでは、どこに目があるか分からないという理由から、ほとんどアスランの車を使って遠出をするのだが、その日は生憎と雨が降っていた。
傘を持っての移動は、車であっても結構大変で、しかも気温の冷え込みも厳しいという天気から、アスランの家で過ごす、ということになったのだ。
特に家に何もないから、と事前にアスランが用意しておいた映画を何本か見ている最中、―――それはホラーとういうには全体的な恐怖感は足りず、しかし何のジャンルとも言いがたい―――キラはあまりの怖さに、持っていたジュースをぶちまけて、アスランの腕にしがみついた、という按配である。
何年も使っているソファであったから、もう、このソファは潔く処分しようという決心が軽くついた。
しかも怖い、と言って自分の腕に抱きついてきたキラのことがとてもかわいい、と思ったアスランである。
ソファ代も、このキラの可愛さでチャラと言ったところだろうか、とアスランは一人ごちていた。

そういう訳で、次の週デートは、ソファを見に行くということになったのだが、そこでとある催事に出くわした。
早速見に行ったデパート先で、自分の気に入る白いソファが見つかり、丁度残りが1つだけというから、それを買おうとしたところ、丁度年末のありがとうキャンペーンと名前のついた抽選会があるから是非参加してくれ、という店員の勧めに、約十数枚ほど、キラはスクラッチカードを選ぶことが出来た。
抽選に参加するには、壱万円以上お買い上げにつき一回、とあるだけに、出された品は中々値のはる品物であったのだが、どうやらキラはそういった抽選の類に強いのか、悉く何等、という商品を貰っていったのだが、最後に選んだ一枚というのが、飛行機で都内からずっと離れた、隣の国への旅行券、というものだった。
ちなみに他に当たったものといえば、国産の高級和牛であったり、掃除機、あと液晶テレビがある。
それら、全て今日購入したソファと一緒に送ってもらうように店員に話し、黒和牛と旅行券のみその場で受け取り、ふたりはデパートを後にした。

キラが充てた旅行券の旅行日程がクリスマスから正月の間となっていた。
折角キラが当てたものであるし、折角だから一緒にこの旅行に行かないか、とアスランは切り出した。
「んーそれはちょっと母さんに話してからじゃないと分かんないかな。けど、僕も行きたいなあ。」
嬉しそうに言うキラに、アスランもうんうんと頷く。
どうやら、旅館のようで、室内に露天風呂もついているものらしい。
きっと、キラの浴衣姿はとっても艶美だろうなあとひとり妄想を繰り広げつつ、一緒に行きたいな、という締めくくりになったのだった。



「今日もありがとう。」
「ああ、旅行の件は是非、ご両親と相談しておいで。」
「うん。ありがとう。また、メールするね。」
「待ってる。じゃあ、おやすみ、キラ。」
そういって、いつものように、アスランは自分が家の中に入ったことを確かめてから車を発車させるのか、自宅の扉を閉めると、アスランの車が去っていくような音がした。
それを聞きながら、ブーツを脱ぎ、リビングへと向かう。
「ただいま。」
「お帰りなさい、キラ。」
母の声に続いて、父親の声もする。
どうやら、リビングのソファに父親がテレビを見て寛いでいるようだった。
普段は休日も、接待やらゴルフやら、仕事のために家を空けているのだが、今日は久しぶりの休日だったのだろうか。
程なくして出来上がったごはんをテーブルの上に運んで、3人は食卓についた。
「ねえ、キラ、そういえば貴方に話したいことがあったの。」
この家では、父親よりも母親であるカリダの方が、力を持っているように見える。
別に父親の発言権がないとか、そういう訳ではないのだけれど、父親は特に何かに反対することはなく、どちらかと言えば母親の意見がキラの中に取り入れられることが多かった。
「クリスマスにちょっと家を空けようかと思うんだけれど。……どうかしら?」
尋ねる母親も、どうやらお歳暮旅行券を貰ったらしく、行きたいスポットがあるのだそうだ。
しかし、旅行券には二人分しかついておらず、しかも久しぶりに夫婦二人で旅行に行きたいのだという。
「その間は派遣会社に連絡をして、家政婦さんを頼もうと思うから、別に特に何かをしなくてはならないということはないのだけど、キラは何か予定が入ってるの?」
今日の晩御飯は、おでんである。
だいこんを摘みながら、キラはアスランのことを未だ言っていなかったのだと思い出した。
そういえば、ここでアスランのことは言っていいのだろうか。
きっと頭ごなしに反対されるということはないだろうと思うけれど、もしも反対されたらどうしよう。
今までそんな心配を一度もしたことは無かったのだが、いざ両親を目の前にすると、胸の中がざわざわする。
言った方が良いのだろうか。止めたほうがいいのか。
しかし。
「そう、ちょっと前から何となく思っていたんだけれど、今誰かと付き合っているの?」
「え!」
突然だった。
否、自分の胸の中で色々と考えていたから突然ではないが、それでも母の切り出し方は突然だった。
「キラが家の中に入ってくる前に、いつも車のエンジン音がするんだもの。年上の男性?」
やはり、父親よりも長くキラと接しているだけある、ということなのだろうか。
これが母親の力なのか。
「……うん。」
それでもやはり、学校の先生とは言えなかった。
とても反対されるのは、聞きたくなかったから。
しかし、そこで過剰反応する人間がいた。
「え、キラにも恋人が出来たのかい?!嬉しいことだなあ、母さん!」
それまでは、ただ黙々と話を聞いていたのか、別のことを考えていたのだろう、ずっと静かにしていたのだが、自分の娘に恋人が居ると分かった瞬間に、何か魔法にでも掛かったかのように、笑みが増した。
昔から、父親はこういう存在だ。
自分が幼かった頃、友達が出来た、といえば喜び、出来なかった逆上がりが出来たといえば喜ぶ、友だちの喧嘩をしてしまったといえば同じように悲しむ。キラの状態に、いつも一喜一憂しているように見えた。
それだけ、自分のことを愛してくれている、ということなのだろうか。
「そうね……そういう異性が出来たっていうことは、キラにとっては大きな進歩なのかもしれないわ。」
ふたりが何を指して話しているのか、キラには分からなかったが、しかし、彼らは、年上の彼氏が出来たことについては純粋に喜んでくれているようだ。
少し安心したキラであるが、それでも相手が学校の先生だということを切り出せず、少し胸が痛んだ。
きっと未だ、当分は相手がどういうひとなのかを話すことは出来ないだろう。
「それで……今日あのデパートに行ったら抽選会があって、それで旅行券を当てたんだ。もしよかったら一緒にどうかって誘われたんだけど、それが丁度クリスマスから正月までの期間なんだ……。」
もしも反対されたら、どうしよう。
折角アスランが誘ってくれたのに、断るのは嫌だ。
でも、両親や駄目というなら、きっとアスランは諦めてしまうだろう。
話し終わってから、息を呑んで尋ねる。
「僕も、母さんたちが旅行に行っている間に、旅行に行ってもいい……?」
しばらく母は考え込んで、しかし、反対意見を述べなかった。
「そうね、いいわ。私達も行くんだし……。」
「本当?!嬉しい!許してくれてありがとう。」
どうやら、案外そう難しいことはなく、旅行の許可が貰えたらしい。
嬉しくて、キラの表情は一気に明るくなった。
旅行に行くためににも、次の期末テストも頑張らないと、とキラはひとりで胸に誓うのだった。



風呂から上がり、バスローブを身に着けていると、携帯のランプが光っているのに、アスランは気がついた。
多分キラからのものだろう。
メールを開くと、いつものように書かれたデートのお礼の文面がある。
はじめてデートをした後、その後にお礼のメールを貰ったときには、少しびっくりしたものだ。
まさか、こんなメールを今までに貰ったことがある訳もなく、またこんなメールが届くとは思ってもいなかったのだ。
本当に、ちゃんとご両親に育てられた、箱入り娘、という感じを出しつつも、やはりそういうことが出来るのが、キラの性格をつくり出している一部なのかもしれないと思う。
画面の文字を追いながら、スクロールしていると、どうやら旅行に行けそうだ、と書かれていた。
どうやら、キラの浴衣姿を拝むことが出来るようだ。
嬉しさを隠し切れず、頬が緩む。
アスランはそれを止められなかった。
自分の愛する彼女との旅行がこんなにも楽しみな気持ちになる、というのを始めて体感したアスランは、これがひとをすきになるということなのかと思った。
知らないところを知っていく。
もっと相手のことを知りたいと思う。
もっともっと自分のことも知ってもらいたい。
ひとを愛する気持ちが、こんなにもやさしいものなのか、とアスランはひとり胸の中でつぶやいた。




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