愛しさの対象、それは俺の彼女。

第5章 Be painful now , but tomorrow surely...... 10





学校に行くと、いつものように教室はさわがしくて、うるさいけれど、フレイのこころの中は空っぽだった。
キラの空いた席。
見つめても、彼女の面影が映るだけで、そこには誰もいない。
他に、教室に空いた席がひとつある。
キラとは別に、退学したという子の席だ。
こちらのときも、担任は何の感慨もない様子で、退学した、と言っただけだった。
確か、おしゃれに力を入れていて、アスランの誕生日のときには、偉く力が入っているなあと思ったのを、ぼんやりと思い出す。
とりあえず、授業を受け終え、それからキラの元へ走るのが、フレイの日課だ。
そんな日を二学期になってから、もうすでに三週間余り続けている。

どちらかと言えば、元より、自分から話しをするような子ではなかったが、最近は、以前よりも増して自ら話す姿を見なくなった。
彼女の元へ訪れるが、話が弾むことはなく、それもほとんどフレイばかりが話し、キラは聞き役だ。
訪れると、キラはいつも空を見ていた。
そんなに見たいなら、外に出て、自分のその目で直接見ればいいじゃない、と言うと、外は出たくない、と拒否の言葉が返って来た。

「ねえ、キラ。ごはん、食べてるの?」
夏に比べて、かなり頬が落ちているように見えるのは、自分だけなのか。
それとも、彼女が夏バテにあたっているからか。
「うん、食べてるけど、おいしくないんだ……。」
それは不味いものではない。
手をかけて作ってくれた、ラクスの手料理は出来のいいもので、においも良いものだったけれど。
食べて、口に入れて、喉を通るけれど、どうしても胃の中から戻ってきてしまう。
何も欲しくない。
けれど、生きるためには食べなくちゃならない。
フレイが作ろうか、と言ってくれたが、やはりごはんが食べたいと、思わない。
無理やり食べるから、生きながらえているけれど。
「そう……。」
つぶやいて、言葉を落とすフレイには、心配をかけていて申し訳ないなあと思いながら、しかしキラには何も出来ない。
フレイの瞳を見ると、それは、以前に比べて暗い光が浮かんでいる。
笑っている顔は、以前と変わらず、まるで太陽のようだと思っていたし、今もそう思うけれど、今自分と話すときの彼女の顔は、目が笑っていない。
暗い。
よく喋ってくれるし、それはひどく楽しいけれど、フレイは楽しくなかったのだろうか。
そういえば、今の時期は体育祭の準備に、それから学園祭の準備で、ひどく忙しい季節だ。
忙しいのに、来てくれるから、すごく疲れさせてしまっているのかな。
それならば、ひどく申し訳ない。
自分のせいで、フレイを疲れさせたくない。
「ねえ、フレイ。」
自分とフレイは、違うんだもの。
「どうしたの?」
「ここにこなくても、いいんだよ?」
キラの思考力は確実に衰えていた。
学力的なことは測らないと分からないが、それでも言動を聞いている限り、それは幼さを帯びたものが多く、また語彙数が格段に減っていた。
自分と同じ年齢であるはずなのに、たまに見せる話し方とその姿は自分よりも年上のように見えることもしばしばあった、親友のかつての姿。
それと比べれば、幼くなっているのは、見るからに分かった。
それを、ラクスに持ちかけると、キラの身体の中の異変なのだという。
覚せい剤という、恐ろしいそれは、キラの精神の向きさえも変えてしまった。
しかし、これは、自らの意思さえしっかりあれば、彼女の場合滅茶苦茶に薬の量が多かったという訳ではなかったらしいから、どうにかならなくもない、と言った。
だから、こんなにも自棄にも見えるのは、本人の意思の持ちようにも問題があるのだ、と。
大きくは薬の作用の所為でもあるのだろうけれど。
だけれど、自分が今まで見つめてきたキラは、こんな後ろ向きでもなかった。
背中を押せば、止まっていた足はいつも走り出した。
恥ずかしがりで、思っていることの半分も言えないような子であったけれど、だけど自分の意思を、ひとには譲らないつよさを持っていた。輝いていた。
だから、余計に今の状態が、フレイには許せなかった。
「何言ってるの!しっかりしなさいよっ!」
両の腕を持って、キラの瞳をしっかりと見つめる。
アメジストの、やわらかい瞳を。
「みんな、あんたのこと心配してるのよ。心配してるから、こうして来るんじゃない……。」
突然のフレイの発言であったからか、キラの目は大きく開かれていた。
そして、それは揺ら揺らと揺れだし、滲んでくる。
「だって、アスラン……僕のこと、捨てたんだよ。」
何ヶ月ぶりにキラの口からアスランの名が零れた。
「捨てられたのに、もう……何もないんだよ。」
あんなにも、離さないと言ってくれた、アスランは自分から離れていってしまった。
自分にとって、彼が世界の全てだった。
だけど、自分は捨てられてしまった。あの、大切だった指輪さえ無くなってしまった。
もう、生きていても、何もうつくしいと思わないし、思えない。
あんなにも色鮮やかだった世界は、翳りを落とした。
捨てられるということが、こんなにも恐ろしいことだとは思わなかった。
「じゃあ、何、あんたもう死んでもいいの?親も私も、残して。それで、あんたは幸せかもしれないけど、残ったものは苦しいのよ。」
握られた腕が痺れるほどに痛い。
「恋人が何よ。キラの苦しんでる姿を見て逃げていった男なんて、放っときゃいいのよ!あんたはあんたでしょう。」
「フレイ、痛い……。」
「私はもっと痛いわ。」
そう言って、フレイはキラの腕を離した。
確かに、少し握りすぎたのか、そこは赤くなっている。
小さく、ごめんね、とフレイは謝った。
「恋人が居ないから、私はどうでもいいなんて、そんなこと、私が絶対に許さないわ。もっと生きなさいよ!もっと自分を磨いて、素敵な女になって、あんな男なんて見返せばいいのよ。それで、後悔させるの。」
分かってる、自慢の親友なのよ、とフレイはキラの腕を勢いよく叩いた。
「無理なことは、仕方がないわ。きっと、怖いことはキラにはあると思う。けど、だけど生きることも拒否しているのは、許せないわ。」
「きたない、のに……?」
ひどく不安そうな、キラのその顔は、彼女のこころをよく表していると思う。
だから、これを吹き飛ばさないといけない。
「だから、何度も言わせないで!キラはきれいよ、凄く。」
にっこりと笑って、フレイは言う。
その、あまりの自信に、キラは涙と同時に笑いが零れた。
「なに、その自信……ふふっ。」
泣き笑いだったけれど、それがフレイが、数ヶ月ぶりに見た、キラの笑顔だった。
「笑うの、笑いなさい。暗い顔より、ずっとキラには似合うわ。」



夏休みは夏休みで忙しかったが、二学期は二学期で忙しい。
生徒もそれなりに大変だろうが、教師もかなり忙しい。
近頃は、めっきり自炊することもなくなり、閉店間際のスーパーやデパートで出来合い物ばかりを食べている。
それは、食器棚を見たくない、という気持ちも少なからずあった。
それまでは、殆どひとり分の食器しかなかったものが、キラを家に連れてきて、そして食事を一緒にするように連れて、箸、茶碗と、キラのものが増えていった。
それは、比較的よく来る彼女であったから、奥の方に閉まっているのではなく、取り出しやすいようにと棚を開けたすぐそこにあるのだ。
それは、ガラス張りになっている食器棚のために、見れば一目瞭然で分かってしまう。
だから、それは今出来るだけ視界の中に入れたくなかった。
逃げているということは、自分でも分かっているつもりだ。
彼女の親にまで告白した、それから数日後に、自分から彼女の元を離れてしまった、人間として情けない、自分の行動と、想いと。
いい年をした人間がすることではない。
だから、どんな方向に転ぶのであれ、自分はキラと顔を会わせて、話をしなくてはならない。
それから、キラのご両親にも。
きっと離さないと想っていたのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
今日も、そんなことを思って、アスランは通勤する。

二学期が始まって未だ一週間しか経っていないが、すでに教師たちの顔はすでに疲労の色を帯びている。
受け持ちのクラスのことに、授業の準備、さらには体育祭や文化祭のそれぞれ当たっている役員としての仕事が待っているから、今はどの時期よりも忙しい。
朝の職員会議の後、クラスの朝礼へと向かい教室の中に入る。
教室の中に入ると、ざわついていたクラスの子たちがそれぞれ席につく。
起立と礼を済ませ、手早く出席を確認していると、いつもと同じように、こちらをじっと見つめている視線を感じた。
それは、全く持って熱いものでも何でもない。
どちらかといえば、恨みに近いものだろう。
いつものことだと思い、知らないふりをするが、連日続く、それはそろそろいい加減に相手の方が疲れないのか、と思ったりする。
朝礼中だけでなく、それは物理の授業中にも感じる。
その視線の飛んでくる方向をちらりと見ると、やはり赤い髪をもつ、キラの友人がこちらをじっと見つめていた。
表情こそ、恨みのようなものはなかったが、その視線は如何にも何か言いたげである。
その視線から逃れることが出来ないのは、自分に大きな責任があるのだなと思うと、息がひとつ零れた。




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