愛しさの対象、それは俺の彼女。

第5章 Be painful now , but tomorrow surely...... 11





仕事が終わり、車に乗り込む。
エンジンをかけるその手の動きさえも、疲労の色は濃い。
日々の疲れがその度合いの殆どを含んでいるが、それよりも目を逸らしたいことがあるから、アスランは家に帰る気になれなかった。
日に日に、背中に圧し掛かる重圧。
それは、自分が蒔いた種だから、仕方がないのだけれど。
八方塞がりのような心境のアスランに、キラのにおいの残る家に帰る気にはなれず、結局家の方向と別の方向に車を走らせた。

行く宛てもなかったが、家のある土地を離れたくて、ハイウエイに乗り込んだ。
いってらっしゃいませ、という係員の言葉を聞き流し、車のスピードを上げる。
明日から休みだからなのか、車の量は少ないとは言えないが、それでも十分に車を走らせることが出来た。
流れていく景色はネオンの粒たちで、自宅のリビングの窓から見えるものよりも、遠く、そして強いひかりだなあと思う。
目の端に、写っては消えていくその線のようにも見える光たちは、それはどことなく、キラのような気がした。
手に入れられそうで、入れることの出来ない。
夜に光るそれらは、ひどく強がりだけれど、朝のまぶしい陽にあたれば、そこはまるで枯れた町のようにも見える、夜の繁華街を思い浮かばせる。
思い浮かぶことはいろいろあるが、直感的に思った、キラに似ている、というのをもう一度反芻してみるが、どこが似ているのだろうと、少しだけ悩んだ。

車はぐんぐんと首都を離れていく。
明日は休日であるし、日付が変わる前に家に着こうとか、そういうことは考えなくてもいいだろう。
今は、少しでも現実から逃れられるような場所に着けばいいさ、と気ままにアスランはアクセルを踏む。
静かなヒーリングCDで耳を慰めながら車を走らせること二時間ほどにあらわれた小さな郊外らしい地名で、ハイウエイを下りた。
都内とは全く違い、そこには人口の光が殆ど存在しなかい。
ぽつぽつとあるのが、スーパーだったり、何かの店で、そこには静かに夜が佇んでいる。
確かここは地酒が美味しいところだったかな、と見覚えのある酒の名前が、あちこちの看板に掛けられていた。
ここ一年ほど、キラと付き合うようになって、助手席にはいつも彼女が座っていた。
それは、本当にごく自然のことで、それが当たり前だと思っていた。
だから、今、隣を見て、誰も座っていないということが、ひどく空虚のように思える。
ラジオやCDは流したけれど、それよりもふたりで話す声の方が大きかったから、,車の中はいつもにぎやかだった。
けれど、それは過去の記憶で、今隣には誰も座っていないし、今流れているCDがやけに響き、しかしそれはひどく機械的なもののように聞こえる。
家のある都内を離れ、彼女のことも頭から振り払いたくて、こうして郊外にやってきたのだが、それは無意味なことだった。
どこにいても、彼女といた記憶は付きまとうし、忘れることは出来ない。
遣る瀬無い息を深く吐いて、アスランは、静かに立地している旅館へと足を運んだ。

もし部屋が空いているなら、一日宿泊したいと女将に告げると、早速部屋を案内された。
満室ではなかったが、しかし空室でもないらしい。
漏れてくる部屋からの光が、客が少なくないことを教えていた。
食事を部屋に運んでもらうことをお願いし、おいしいと評判の地酒も運んでもらうことにする。
しばらくお待ち下さい、という言葉を残して、女将が部屋を出て行くと、アスランは和室の奥にある、窓辺の一人がけのソファに腰掛けた。
ガラスを隔てて映っているのは、どうやら湖のようだ。
静かにあおく、ところどころに設置されているライトが、その湖全体を照らしている。
見えるものも、目に映るものも、場所も旅館も違うが、アスランは、ぼんやりと去年のクリスマスの日を思い出した。
はじめての旅行、はじめての行為、そしてプレゼントした指輪。
ふたりで見た、そこの景色は、ひどく美しかった。
何もかもが、美しく、輝いているようだった。
腕の中で、自分の愛撫に溺れる彼女は、きれいだった。
白い肌は、アスランの手に吸い付き、それはとてもアスランに優しかった。
落として、そして散った赤い花びらの跡は、それから数日後に消えただろう。
悶えて、苦しそうな表情さえ、きれいだった。
笑った顔も、泣いた顔も、真剣な表情さえ、アスランにはうつくしく見えた。
決して手放したくないと、そう何度も思った。
蕾を持った彼女を、華咲かせたのは自分だった。
それは、甘い芳香を漂わせ、それにはアスランさえも酔った。
それは、きっと永遠に咲き続けるはずだった。
うつくしく、彩りきれいに。
それなのに、それを手折ったのは誰だ。
大切に咲かせた華を、もぎ取り、汚したのは、誰だ。



結局、その日旅館で一夜休んだが、逃れるためのそれであったはずが、思い出すのはキラのことばかりで、何からも逃れることが出来なかった。
そうして、再び日常が舞い戻る。
睨むような視線から、もう逃れる気さえも失ったアスランに、とうとうフレイが訪れた。



目元がはっきりしているフレイ・アルスターというキラの親友は、ひどく計算高い人間だと、キラと付き合っていたころに、幾度と無く感じさせられたのを、アスランは今でも忘れていない。
その、睨むような瞳は一体、キラの何を守ってきたのだろうか。
「先生、あなたって最低な人間になり下がるつもりなんですか?」
挑むようなその口調に、アスランは言い返すつもりも無かった。
「だったら、何だって言うんだ。」
その疲れた表情と声音は、それをそのまま表さずに、高飛車なものを醸しだしているのに、アスランは気付いていない。
「だったら、ってよく言うんですね。このまま彼女を放っておくんですか?」
絶対に言われるだろうと、予想していたが、アスラン自身もどうしたらいいのか分からず、その答えは出てこない。
「……。」
「でも、私は別に何も理由もなく、最低な人間なんて言うつもりはありません。過去形には変わりないけれど、私の親友が少なからずとも、全身全霊をかけて愛したひとなのだから、そんな呼ばわりをするつもりはないわ。だけど、このままなら、本当に最低な人間だと烙印を押してやるわ。」
もの言いはひどくきついが、感情がストレートだなあと思う。
いとこのラクスとは違った意味で、怖い人間だと改めて感じる。
「聞いているんですか?」
「ああ。」
まるでその顔は、聞いていないような表情だわ、とフレイは小声で漏らした。
「じゃあ、分かっていると思うんですけど、早くキラのことをどうにか蹴りをつけてくれませんか?付き合っているのか付き合ってないのかも分からない、いい加減なかたちは、今のキラにはとてもかわいそうなんです。ちゃんと、振ってくれませんか、キラの顔をみて。」
言われて、やはり現実を見据えないといけないときが来ているのか、と思う。
逃げることができないことろまで、来てしまっているのかもしれない。
「今のキラなら、きっとあなたのことばをしっかり聞き受けられる。だから、ちゃんと言ってください。」
未だ、自分は別れのことばも告げていないのだ。
このままだから、自分は未だにキラのことを思い出したりするのだろうか。
別れようと告げて、そうして別れたら、また新しい何かに、踏み出すことが出来るのだろうか。
この苦しみから、逃れることが出来るのだろうか。
「じゃあ、言いたいことはこれだけなので。失礼しました。」
そう言って、キラの親友だという彼女は物理室を出て行った。
それは、九月も終わり、もう十月へと暦を移そうとする、晴れた日だった。
それから、鋭い視線を感じることは無くなった。
赤い髪を持つ女の子は、周りの席の子らと雑談して、華を咲かせている姿をよく見るようになった。
あんなにも、大切にしようとこころに決めた、キラから告白された日から、一年が経とうとする、十月の半ばの休みの日に、アスランは何ヶ月ぶりに、いとこの家へと訪れた。




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