愛しさの対象、それは俺の彼女。

第5章 Be painful now , but tomorrow surely...... 13





数ヶ月ぶりに見た、女の子はひどく小さくなっていた。

彼女に会うのは、酷く憂鬱だった。
きっと、痛ましい顔そして、そして何も言わずにそこに佇んでいるのだろう、とアスランは今までのキラの性格などを考えていろいろと思ってきた。
何か言われるよりも、言われないほうが、アスランにとって気の救いがある、と感じてきたが、きっとキラにはそういうことを言うことは、出来ないだろうと思っていたけれど。
「あな、たを、しあわせにできなくて、ごめんなさい……。」
漏れる彼女の声は、一体どこから生まれているのだろう。
笑った顔は、ひどく張り詰めていて、きっと無理に笑っているだろうことが、安易に想像出来た。
そして、その顔が泣いてしまうのは、あっという間だった。
何度も謝る彼女は、一体何を見ているのだろうか。
震える指から、離された自分の家の鍵と、それを付けていた、誕生日に贈ったキーリング。
何もかも忘れる、という彼女のことば。
無理に笑った、ひどく痛々しい笑顔が、アスランの脳裏に焼きつき、それが離れない。
泣き顔の奥に見えるのは、その辛そうに笑った顔で、だから余計に、アスランはこころが痛くなる。
ひどい罪悪感が胸を襲う。
一体、自分の中に襲う、この黒いものは一体何だろう。
胸にある、ひっかかったようなものは、キラと離れてからずっと付いて回ったけれど、それをアスランには、何かと認識することは出来なかったけれど。
――-ああ……。
彼女の、その直向きな自分への愛情が溢れる涙を見た瞬間に、アスランは分かってしまった。
ずっと、思い悩んできたこと、キラという美しい華を手折ったのは誰だろうという、憎しみと憎悪。
それは、自分に向けるべきものであった。
華を手折ったのは、自分だ。
咲かせ、熟れさせた華を、自分は突然放り出した。
匂いにつられてやってきた蜂のついた華はもう汚いと、投げ捨てたのは自分。
たとえ、蜂がその蜜を奪っていったとしても、美しさは変わらなかったのだろうけれど、その時の自分は、それを理解することも受け入れることも出来なかった。
これほどまでに、彼女を泣かせ、辛い顔をさせ、そうして泣き崩れさせたのは、自分だ。
目の前でキラが泣いているのは、自分の所為だ。
自覚した瞬間に、どうしようもない後悔だけが、アスランの胸を襲う。
轟く雷と荒らしが、吹き荒れる。
だから、目の前は見えなかった。しかし、そこは自分の見知ったもののある地であるから。
直感と手探りを内混ぜたように、アスランは思うままに手を伸ばした。
「キラ……キラは幸せだった?」
それは、キラの元を訪れたときとは、打って変わって違う声音だった。
それに、彼女は驚いたようで、瞳と頬を濡らしたまま顔を少し上げる。
「俺は……幸せだった、人生の中でいちばんに。」
考えるのではない。計算するでもない。
思いのままに、手を伸ばすのだ。
その華が、未だそこに一生けんめいに咲いているならば、枯れていてもそこに茎さえ立っていれば、きっと見つかると。
「出会ったときから、ひどく気になっていたんだ。しゃべる機会は無いか、ずっと探していたけど、そんなに簡単には見つからなかったときに、キラからプレゼントをくれて、凄く嬉しかった。きっと手放さないって思った。だから、指輪だって、プレゼントだって、自分の贈りたいものを送った。けれど、指輪は特別だった。勝手な思いだけど、俺の中での約束だったから。キラとの約束だって、きっと一緒になろうって思っていた。」
指輪と、その約束に、そのときは酷く固執していた。
だから、あのときにこっそりと覗いた部屋の中で、指輪の無いキラの指が、無作為ではあったのだろうけれど、ラクスの腕を引っかき、そして自分を傷つけている行為は、受け入れがたかった。
それに発破をかけたように、あのキラのひどく悶えた苦しい声が、汚く思えた。
「指輪も無い、薬の所為だって分かっていたけれど、キラはキラじゃなくなっていた。ひどく惨いことだけれど、そのとき、俺はもう、キラを受け入れられないって思った。」
思い返せば、何て自分は卑怯で、単純で、こらえ性がなかったのだろう。
自分の腕の中にいる彼女だけが、彼女のすべてだと思い込んでいたあの頃は、酷く視野の狭い人間だったに違いない。
「けれど、それが一番キラを苦しめたのかもしれない……。たった今、それに気付いたんだ。」
遅くなってごめんな、というと、キラは頭を横に振った。
「離れている間、ずっとキラのことが頭から離れなかった。後ろ暗い気持ちがあったから、ずっと忘れたいと思っていたんだけど、やっぱり忘れられなかった。いつも、何をしていてもキラのことを思い出すんだ。」
授業をしていても、空いたままのキラの席がいつも目に入った。
それを見ないように、出来るだけ忘れようと思ったけれど、それはいつも虚しい抵抗に終わっていった。
家に帰っても、逃避に出た旅行先にだって、キラを忘れることが出来なかった。
「俺は今まで自分の理想を押し付けて、夢ばかり見てきた。理想ばかり見ていて、現実のそこにあるものを見てこなかった。その挙句、あんなふうにキラの元から逃げ出して、傷つけた……本当にごめん。」
悲しく笑うと、キラは、乾いた頬と濡れた瞳を、やはり横へと首を振って、少し俯く。
長い睫毛の影が、目元を暗くして、しかしそれさえも見逃したくないと思う。
そんな、動作と仕草さえ。
だって、だって。
「本当に、キラを傷つけたけど、……キラさえ……許してくれるなら、もう一度、やり直して欲しいと、思う。」
やっぱり、きらいなんかじゃない。
すきだから。
「それとも、もうこんな俺じゃ、駄目かな。」
言うと、キラからおずおずとした返事が返ってくる。
「ほんと、に、いいの……こんな僕で?」
「ありのままのキラがいい。」
初めてキラを見たあのときの、自分の感触は、考えた末でも、計算した上でのものでもない。
こころから、純粋に出た想いだと、知っているから。
キラのことを憂鬱に思ったのは、罪悪感があったから。
それは、自分への幻滅と、やりきれなさと。
彼女が嫌いだと思ったこと、一度もない。
やはり、気になるのは、その向かう視線と、その胸の想う先で。
「俺は、キラが好きだよ。」
「汚い、のに……。」
「汚くなんかないよ。誰なのさ、キラのことを汚いって言ったのは。そいつは、きっとキラのことが見えてないよ。」
言って、アスランは立つ。
それから、キラの元に近づいて、彼女の座るソファの隣に座る。
「もう一度、俺の恋人になってくれませんか?」
ああ、これで無理だと断られたら、もう死んでもいいと思う。
これほど、少し先の誰かのことばが怖いなんて、思ったことないほどに、心臓がばくばくする。
「……いい、のかな……こんな僕で、……。」
キラの言葉が、自分の胸の中に、あたたかく降ってくる。
うれしくて、アスランは思わずキラの身体を抱きしめた。
「うん、キラがいいんだ。……ありがとう……。」
腕を背中に回すと、それは以前よりも小さくなっているのか、身体の中に小さく収まってしまう。
これほどまでに、傷ついていた彼女を、自分は今までずっと助けられずにいたけれど。
これからは、絶対に手放さないと。
そして、きっと自分の腕で縛らないで、大切にしたいと。
胸の中から聞こえるのは、キラの泣き声だった。
「今まで、放っておいて、ごめんな……。これからは絶対に、離さないよ。」
「……アス、ラン……。」
泣き声から、微かに聞こえるのは、キラの声だ。
「ん?」
「……絶対に、離さないで。離さないで、ずっと腕の中に、閉じ込めていいから……きっと。」
これは、キラの悲痛な叫び声だったに違いない。
きっと、放っておいた間、ずっと彼女は苦しませていたのだから。
「うん、もう離さないよ。大切な、大切な……。」
最後の言葉は、キラの耳の中にそっと落とされる。
それはキラの胸にやさしく伝わり、いつしか涙を止めていた。




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