愛しさの対象、それは俺の彼女。

第5章 Be painful now , but tomorrow surely...... 14





愛おしいのだ、と自分の中でその気持ちを掴んだ瞬間に、全ての世界に色が付く。
どんなキラの動作さえ、目に入って、それがひどく愛くるしい。
抱きしめた小さな身体は、未だ泣いているためが、背中が少し震えていたけれど、泣かないでと彼女の顔を見ると、少し笑う。
けれども、この数ヶ月キラの顔を一度も見ることがなかった上に、先ほどまでのキラの顔はずっと辛い顔で、だからその笑った顔が、ひどく可愛いと思った。
「泣かないで……。」
指の腹で、彼女の瞳から漏れる一滴を、拭う。
赤くなった目は、すっかりと充血しているようだった。
「キラは笑った顔のほうが、素敵なんだ。」
言うと、キラはもう一度笑って、小さく、うん、と頷く。
「もう、キラはこれからずっと俺の傍に居られるんだから、心配はいらない。」
「……ありがとう。」
彼女はやはり小さな声で言って、顔を俯けた。
「すごく、うれしいよ……もう死んでもいいくらい。」
「ははっ、そうしたら、俺もその後を追わないといけないね。でも、未だキラとしたいことはいっぱいあるから、キラ、死んだらだめだよ。……死なせない。」
ガラステーブルに置かれた、キーリングとキーとアスランは手にとる。
それから、そのばらばらになっているものを、リングの中に入れ、キラの手に握らせた。
「これは、これからもキラに持っててもらうもの。大事にするんだよ。」
「うん、ありがとう……。」
「それから、指輪は……もう一度買いに行こうか。」
「えっ……勿体ないよ……。」
「気にしないで、それは俺の自己満足だから。それとも、……もう指輪はしたくない……?」
キラの意思と反するのであれば、それは無理やり押し付けてもいいことではないし、やはり気持ちも良くない。
「嫌じゃ、ないよ。けど……アスランの迷惑に、なるから。」
なんだ、キラが直接嫌だと思っているわけではないようだ。
アスランは、少しほっとさせた。
「そんなこと、ないよ。俺がしたいから、して欲しいだけ。けど、キラが嫌なら、止めておく。だから、自分の意見をしっかり主張してくれ。それじゃないと、キラを窒息させてしまうかもしれない。」
今までなら、自分のエゴだと気付かなかった。
けれど、それは止めようと思うから。
「アスランの腕の中に居たいから……。」
そう言って、キラはアスランの腕の中で目を閉じた。
どちらも、今のこの甘い現実に、身を委ねていたくて、この久しいやわらかな時間を手放したくなくて、ソファに座ったまま、口々に取り留めのないことを話した。



しかし、そんな手放しがたい時間も、終わりがやってくる。
明日からまた週明けの月曜日が始まり、アスランには仕事があるために一度家に帰らねばならなかった。
今日は未だラクスが帰ってこないから、ぎりぎりまでキラの傍に居ようと思っていたけれど。
次の日に仕事がある場合には、必ず日付が回る前に家に着くことを決めていたアスランを、キラは知っていたから、気にしてないよ、と笑った。
「帰っていいよ、僕は大丈夫。」
本当に、大丈夫、と言うと、アスランはしぶしぶ、という顔を折れた。
「ちゃんとベッドで寝るんだぞ。」
「うん。」
「そこら辺で寝転んだら、きっと寝てしまうから、ちゃんと……。」
「分かってるよ。アスランって心配性だね……。」
そういいながら、ふたりは玄関まで歩く。
「気を付けて帰ってね。」
それでも、やはり離れがたい気持ちは、キラのこころの中に少しあって、しかしそれは今出してはいけない、と自分を戒める。
少し寂しいけれど、二度と会えないわけじゃない。
「ああ。」
明日も、また明日も、いつでもその声を聞くことが出来るから。
「ねえ、アスラン……アスランが家に着いたら、電話して、いい?」
「そうだな……こっちから電話するよ。それから、明日も来るから。」
「うん、うれしい。」
満面の笑みが、勝手にこぼれる。
アスランの傍に居るということは、こんなにもしあわせなことだったのだ、と気付く。
これは、自分に嘘を付いたころには感じなかったもの。
「じゃあ、キラ。ちゃんと家の中に入って。」
そう言いながら、彼はキラの顔を少し自分の方に寄せて、その唇に小さくキスを落とした。
「愛してるよ。」



家に帰ってすぐに仕事に出ないといけないと分から、きっとキラの顔を見ることが出来ないまま、学校に向かわないといけないのだろう、とラクスは思っていたが。
予想を違え、キラは朝、ラクスを出迎えた。
いつもは、中々ベッドから身体を起こすことが出来ないという彼女は、ほとんどラクスがキラの元へ行き、朝の声をかけるのだが。
しかも、その表情は、今までとは全く違うものだった。
表情そのものは、ひどく明るくなっており、また雰囲気もひどく柔らかいものに変わっていた。
「ねえ、ラクス。」
と言うその声さえ、ひどく違っていて、ラクスは少々面食らったが、彼女の話を聞いていれば、それは十分納得のいくものだった。
キラの精神状態の大きい部分がきっとアスランのことであろうと、思ってはいたけれど、まさかこれほど大きく作用するものだとは考えても見なかった。
今のキラは願ってもない程の、元気の様子で、しかし未だこれから越えていかねばならない山があることが頭の中にあるラクスにとって、まだ心の底から笑える状態ではなかった。

仕事の合間で、またアスランの受け持ちの授業と被っていない時間はないものか、と考えていたラクスだったが、それは杞憂に終わった。
アスランの方から、保健室にやって来たのが、丁度昼休み前の最後の授業時間だった。
「失礼します、ラクスは居ますか……?」
本来なら、座った椅子から立ち、先生方には対応するように心掛けているが、このいとこには、そういう気持ちはちっとも起こらなかった。
相手が自分の前に来るべきだ、といかにも横暴な態度をラクスはとった。
「ああ、ラクス。」
夏休みにキラのことで、アスランに帰れと言ってから、学校が始まっても一言も声を掛けなかった。
しかし、同じ職場に居ると、相手の顔などはよく見かけるのだが、その頃のアスランはキラほどとはいかなかったが、やはり暗い雰囲気を醸し出しており、少しは後悔でも何でもしているのではと思って見ていたが、今の彼を見る限り、そういった雰囲気はきれいさっぱり無くなっていた。
「キラとそっくりですわ……。」
呆れ声で言ったラクスのそれは、アスランの耳の中でまるで竹輪のように通り抜けていく。
「あの、今まで色々とお世話になりました。……こんなことを言うのは、非常におかしいような気がするんですけど、一応ラクスには、と思って。」
「まあまあそれについては全く構いません。キラのためですから。それより、丁度いいところに来てくれました。」
そこにかけてください、と来客用のソファに座るように促す。
まさか、こんなことが待っているとは思っていなかったのだろう、アスランの顔には、一体何が待っているのか、という表情だった。
「夏休みに起こった事件で、キラの色々なところに支障をきたしていたのですけれど、それについては大分と収まってきました。まあ、まだ薬を入れたための副作用の、吐き気や頭痛は残っていると思いますけれど、それでも以前に比べればひどく良くなりましたし、これからも貴方が付いてくれるでしょうから、精神的にも以前の状態にいずれ戻ることも出来るでしょう。」
「ええ……。」
「けれど、未だキラには検査しないといけないことが残っているのです。」
これは、本当は彼女本人に、一番に伝えなければならないことだけれど。
このことを考えてから、ずっと自分の中で考えてきたが、結論はずっと出てこなかった。
しかし、それはキラがひとりだったという状況から、ひどく悩んだことだが、今は、一度逃げ出した過去も持つが、それなりに頼もしい彼氏という存在が居るから、こうしてひとに告白する気になったのだ。
きっと、逃げ出さないと信じているのだから、貴方に言うのですよ、と念を押すと、アスランは息を飲み込んだ。
「彼女は、HIVを持っている可能性があります。」
静かに告げられたラクスの声に、アスランは息を吸い込んだ。
やはり、想像もしていなかった事実に違いない。
仕方のないことだけれど、これはアスランにも協力してキラを支えていくしかないだろうから、彼に言わないわけにはいかないだろう。
だから、受け止めてもらわなければならない。
「夏の、あの事件で、誰とも分からない方との行為に何度も及んだようです。もしかしたら、そういった病気を持ってたのかもしれません。だから、検査が必要なんです。未だ、彼女が持っているという確証があるわけでも何でもありません。しかし、もしかすれば持っているかもしれない、だからとりあえず検査をしないといけない、ということです。」




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