愛しさの対象、それは俺の彼女。

第5章 Be painful now , but tomorrow surely...... 15





「夏の、あの事件で、誰とも分からない方との行為に何度も及んだようです。もしかしたら、そういった病気を持ってたのかもしれません。だから、検査が必要なんです。未だ、彼女が持っているという確証があるわけでも何でもありません。しかし、もしかすれば持っているかもしれない、だからとりあえず検査をしないといけない、ということです。」
言いながら、もしも再びアスランが逃げ腰になったら、どうしようと、そんな一抹の不安が胸の中を過ぎる。
そうなれば、もうこれはどうしようもないことなのかもしれない。
これは隠し通せることではないし、もし病気を持っているとしたら、これは恋人同士として、しっかりふたりで話し合わなくてはならないことでもある。
何度もラクスは思い返し、しかし表情には決してそんな、縋るような思いを出さなかった。
言い終えて、それらか彼の瞳を恐る恐る見るが、それは曇ったものではなかった。
「分かりました。」
まるで凛としたような声で、しっかりと芯のあるアスランの声が発せられた。
「けれど、キラにこのことを受け止められるでしょうか……?」
そして、それは彼の彼女への心配が向けられ、ラクスは、もう大丈夫なのだ、と自覚した。
アスランにキラを任せて大丈夫だ。
きっと、彼がキラを支えてくれるだろう。
迷いのない瞳と、彼の想いの向かう先がキラの方であるならば、きっと何があっても乗り越えられる。
もし、感染していたとしても。
胸の中で少し安堵の息を吐き、それからラクスはアスランと向き直った。
「……分かりません。もしそうなるのだとしたら、貴方がキラを支える役になると思います。きっと、あなたの傍に居れば、気持ちも少しは向上するのではないかしら。」
まるで根拠のない物言いのように写ったのか、アスランは少し分からないといった顔をした。
「とりあえず、検査をしてみないことには、どうなっているのかは分かりませんが、それよりも検査を出来るまで、未だ少し時間があるのです。抗体が出来るのは大体三ヶ月後なので、あと、二週間ほど後になりますね。知り合いの友人が経営する病院で検査をしてくれるそうなので、そこでお願いしようと思っています。もちろん、匿名で、ですわよ。」
「ええ、ありがとうございます。」
「多少の知識はあると思いますが、決して死に直結するのもではありませんし、今は発症を少しでも抑えるための薬もありますから、そういった治療を行うくらいですから。ただ、やはり生活には多少の支障を来たしますが、それはまたこちらの資料でも読んでおいてください。」
それから、ラクスは前々から用意しておいた冊子をアスランに手渡す。
その手は、しっかりとそれを握っていた。



いつものように学校が終わった後に、キラの元へと向かう。
それは、もうここ二ヶ月ほどの習慣になりつつあった。
インターホンを鳴らし、キラが家の鍵を開ける音がするのを聞いてから、ラクスは扉のノブに手を掛ける。
「お邪魔します。」
一応他所様の家であり、またそれは学校の校医の家であるということから、家主が居ない家であっても挨拶は欠かせない。
それから、キラが用意してくれたであろう、スリッパに足を引っ掛ける。
「……あんた、何かあったの?」
それから、いつものようにキラを見ると、それはいつもとまるで違う雰囲気を醸していた。
暖かくて、柔らかいそれは、昨日のキラが持っていなかったものである。
そして、それはフレイの知らないものでもない。
「え、うん。あの……アス、ランが、会いに来てくれたんだ。」
そのはにかんだ表情が、物語っているのは、ただひとつ。
それは、彼氏とよりを戻したということだろう。
「へえ……良かったじゃない。」
確か数週間前、彼に、キラにはっきりと断ってほしいと、言ったが、こんな形に収まってよかったと、フレイは、昨日の出来事を話すキラの言葉を聞いて、思った。
その頃のキラは見ていられないかわいそうな状態で、それは風邪が吹いたらば、手も届かないところへ飛んでいきそうなほどだった。
そして、学校で見る担任の、キラの彼氏だという男の顔はひどく憎らしく、はっきりと断れ、と言った。
はっきりと彼に言わせ、それからキラには新しいはじまりを迎えられればいい、と思っていた。
しかし、少しの期待はしていた。
それまでの、ふたりの仲のいいというか、彼氏のキラに対する愛し方はひどくキラにとって心地よいもののようで、まるでキラを目に入れても痛くないような、そんなふうにフレイには見えた。
それに、彼氏と毎週デートしていた頃のキラは、本当に輝いていて、そしてひどく幸せそうだった。
そんなふたりであったのに、突然の出来事ではあったけれど、理由もうやむやなままに、ふたりが離れるはずがないと、そんな風に、こころの片隅で思った。
だから、キラの彼氏に、キラのことを断れ、といったけれど、そこには一抹の期待もあったのだ。
言われて、触発された彼の心が、もういちどキラを見つめることが出来ないのか、と。
アスランに直接言ってから、キラの元に行くまでに、少し時間はかかったようだが、しかし結果はキラにとって、とても良いものであるから、フレイは背中にぶら下がっていた荷物から、解放された気持ちになった。
彼氏のことを話すキラは、やはりきらきらと輝いていて、ひどくしあわせそうだ。
「良かったわね。」
やはり、自分が一番願うのは、親友が幸せそうであることだ。
見ているだけで、自分も嬉しい気持ちになってくるから。
「うん、フレイも色々ありがとう。」
にっこりと笑ったキラの顔が、フレイには久しいもので、そしてそれを見ることが出来たことに、うれしく思うのだ。

いつもならば、遅くならないうちにキラの元から離れるのだが、今日は時間が許す限りキラの元で、勉強をしたりした。
それから、家を出て、ラクスの玄関の前で、少し時間を潰す。
別に、学校で言えばいい話なのかもしれないが、やはりそこには、大勢の人目があり、さすがに彼しか居ない部屋だとしても、誰が入ってくるか分からないのだ。
特に、今回の事件の発端は、そういったクラスメイトの目に、キラとアスランの関係が分かってしまった、というのも原因の発端であるらしいから、出来る限り避けるべきところはそうしたほうがいいに決まっている。
キラが、今日ここに来る、と言っていたわけではなかったが、きっと来るだろうという、変な確証がフレイの胸にあったから、じっとそこで待つことに決めた。
星が空に浮かんでいて、それをぼんやりと見ていると、遠くからエンジンの音が聞こえてくる。
そちらを見ると、それはラクスの家を目指しているように見えるのは、自分の思い込みの所為なのか。
車で運転している人物を確認してから、彼が車を玄関の端に寄せて、降りてくるのを、フレイはじっと見た。
「ああ、君か。」
一体何か用かい、というその視線が、ひどく腹立たしい。
けれど、彼はキラの彼氏であるのだから、以前のように突っかかった態度は良くないな、と思い返す。
「キラと元の鞘に収まったみたいですけど。」
「ああ、君に言われたことばが、きっかけになった。ありがとう。」
視線が、ひどく皮肉に見えて、しかし漏れてきた彼のことばは、それとは正反対のもので、フレイは少し面食らった。
「別に、そんなこと言って欲しいと思ってません。そんなことを言うくらいなら、キラにやさしいことばを掛けてください。」
その殊勝な態度さえも、何となく腹立たしい。
「……もう二度と、キラを振り回さないでください。……言いたいことはこれだけなので、帰ります。」
ことばに力を込めて、そして彼の瞳をぐっと睨んでから、フレイはくるりを彼に背を向ける。
言いたいことはこれだけであったし、それさえ言えれば、フレイにはもう後はどうでもよかったのだが。
「アルスター君。」
声を掛けられて、フレイは歩き出した足を止めた。
「もう二度と、キラを手放さないから安心してくれて大丈夫だ。それから……。」
少しの間が空き、フレイは何が言いたいのだろうと思って、彼の方に向き直る。
しかし、帳も落ちた、光のない道路では、彼の顔をはっきりと見ることは出来なかった。
「ずっとキラを支えてくれて、ありがとう。これからも、キラの親友で居てやってくれ。」
どんな表情で、その言葉を発したのか、フレイには分からなかったが、しかし彼の言うことばはしっかりとフレイの胸の中に落ちてきた。
そして、口には出さずに、胸の中でその返事をする。
―――あんたなんかに言われなくても、可愛いくて、素直なキラを手放したりはしないわ。
それは、キラと初めて会ったときから、胸の中に住み続けていることばだ。
決してことばにはしないけれど、出合ってから、親友になって、そして今でも消えることのない、フレイの、誰にも譲ることの出来ない、キラへの想いなのだ。




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