第5章 Be painful now , but tomorrow surely...... 8
一定の時間の感覚を置いて起きる離脱症状も最高潮へと達し、それはラクスの手だけで押さえられるものではなくなってきていた。
それは、予想できなかったわけではなかったが、もしかしたら一般に比べ、キラの身体は薬の効果が出易いものだったのかもしれない。
腕を傷つけない、かつ丈夫な紐を家から探し出し、それを彼女の腕に巻き、起こす暴動を止めているのが、現状況だ。
そして、つい先ほどから塩化アンモニウムを経口投与し、それでアンフェタミンの排泄を促している。
だからといって、今の離脱症状が止まるという訳ではないが、少しはその中毒症状も薄れるだろう。
ただ、キラの今の状態を見る限り、アンフェアミンから本来得ようとされる効果は殆ど出てきておらず、全ては身体的なダメージとなって返って来ているようである。。
本来ならば、多幸間などのプラス方面が心身を満たすのが、大きな効果とされているのだが、キラの場合はそれとは全く反対である。
といっても、そろそろ薬の効果は薄れてきているから、そういった身体的な効果はもうないに等しいが。
神経過敏になっていることは当てはまるが、それ以外は何とも言えず、むしろ効果が彼女にとってマイナス方向であったといえる。
これも、生身の生きているからだは皆同じでない、ということを表しているのか。
しかし、あまりの効果の出方の違いに、ラクスは違和感を覚えざるを得なかった。
数時間とのキラの格闘の後、彼女は疲れ切って寝てしまうが、ラクスはそこで寝るわけにはいかない。
夏という季節のために、もちろん空調を効かしているけれども、それが効きすぎるのはキラの身体にも、もちろんラクス自身にも良くないから、一定の温度に設定するようにしている。
そのために、離脱症状が起きた後は、ふたりとも汗をかいているから、まず彼女の汗を拭き取ることから、ラクスは始めなければならない。
薬の作用も相成り、もう暫くずっとベッドの住民になっているから、抵抗力は酷く落ちているはずだ。
ここで、風邪を引けば益々彼女は辛くなるから、上半身を丁寧に拭き、そしてパジャマを着替えさせなくてはならない。
ひととおり、キラの世話を終えること、今度は自分の番である。
シャワーを浴び、少し栄養を身体に入れようと、冷凍保存していたクラムチャウダーを解凍し、それを素早く胃に流し込み、受話器をとった。
電話先は、キラの母親の家である。
数コールのうちに、聞き覚えのある、母親の声が聞こえてきた。
「あの、今回の件で、もちろんヤマトさんの家でも調査をお願いなさっていると思いますが……。」
『はい、先ほど、その調査結果が帰ってきたのですが、……うちの会社の子会社にあたる下請会社の見直しがあり、そのうちの一件で揉めていたようです。』
話す内容は、ラクスが見てきたものと大差ないものだった。
「そうですね、こちらが調べたものと変わりありません。その会社のひとりの娘が今回、こういった事件を起こしたようですね。父親の会社が不渡りしそうになったこと、それから痴情のもつれとまではいきませんが、キラさまへの恨みのようなものもあったようです。」
『キラの世話をして頂いているので、多分ご存知でしょうが、キラの心臓部分に手術跡があるのは、幼い頃に、危害を加えられたものです……。それは会社とは全く関係のないものだったのですが、逆恨みをうけて、見知らぬ男性に連れ去られた挙句に、あのような傷を受けてしまったのです。それから、キラは男性がからっきし駄目になったのですが、つい先日ザラさんからお話を受けて、主人とも喜んでいたすぐ後の出来事なだけに、本当にこのことは辛い、です。異性に対しては、もの凄く警戒心と恐怖心を持っているようですが、それがザラさんには全く現れないようで、それはキラ自身も全く自覚がないようなのです。だから、とても嬉しかったのですけれど……。今回のことはもちろんキラにとって大きな傷になっていると思いますが、それまでにザラさんと恋仲になっているようですから、その関係で、少しでもこの傷も和らいでくれたらと思うのですけれど……。どなたのお嬢さんから恨みを買うようなことをしたキラにも考えなくてはならない点は勿論ありますが、けれども会社のことまでも理由に言われ、あのような目に遭うとは、かわいそうに思えてなりません……。』
最後のほうは、鼻をぐずぐずと言わせ、涙声となっていた。
それくらいに、母親にとって今回のこの件で、ひどく心痛めているのだろう。
そして、その痛々しい声に、どれほどアスランを頼りにしているのかが、伺える。
しかし、そのアスランが今キラの元から離れている。
それを知ったらば、彼女は
それを、母親になど言うことは出来そうも無い。
「もちろん、恨みがあるといって、今回のこの行動は許されるものではありませんし、覚せい剤を使用するように促したのもその女子生徒のようですが、それは法律に反することでもありますから、それなりの処置はとらせていただく予定です。」
直接ラクスが采配するわけではないが、父親に報告の上、それなりの判断がなされるであろう。
『キラのお世話だけでも十分にお世話になっていますのに、それ以上のことを、本当にありがとうございます。お礼も言い尽くせません。また、主人と共にご挨拶に伺います。本当にありがとうございます。』
嘘などついてはいないが、それでも背徳感を感ぜずにはおれなかった。
今、キラを支えているのはアスランではない。
では、一体キラを支えているのは、何なのだろう。
もう直ぐ、アスランがキラから離れて一週間経とうと
今日も空が青い。
空には、白いくもがもくもくと浮かんで、そこから見える空がとても青い。
今までだったらば、朝一番に、前の日の夜に届いていたメールの返事を返していたのだが、今はその返事を返す必要もなくなった。
その変わりというのか、起きて直ぐにカーテンを開け、ぼんやりと外を眺めるようになった。
確かに季節は流れているのだろうけれど、いつの間に夏になっていたのだろうか。
キラの誕生日を迎えるまでは指折り、その日を待ち、そして祝った。
それまでは覚えているけれど、彼女の誕生日は中間試験に近く、酷く忙しい中の時間のやり繰りだった。
しかし、それは絶対に悟られたくはなかったから、余裕を持って行動していたと思う。
けれど、中間試験が終わってから、それからはもう隠すことも出来ないくらいに目まぐるしい毎日に押され、梅雨の季節はアスランの中にはあってないようなものだった。
それでも、日々交わすキラとのメールでは、夏に時間がとれたら海に行こうとか、そんな約束をしていたような気がする。
もうすぐ、ではないが後数ヶ月で、付き合いだして一年を迎えようとしていた。
新学期に一番に目に入った女の子は、目が離せず、きっと自分のものにしたいと思ったのを今でも、思い出すことが出来る。
今までには感じたことのなかった何かを、しっかりと自分の手で掴んだと思った。
自分の誕生日にプレゼントを用意してくれた、彼女のことがひどく愛しくて、思いのままに告白した。
彼女が未だ誰の手にも触れられず、純潔なままであったのは、もしかしたら自分のために神様がくれたプレゼントなのかもしれない、とそんな馬鹿みたいなことを思ったものだ。
腕の中で微笑むキラをずっと離さないと、そう思っていたけれど。
先日に見た、キラのあの表情と行動は、アスランの中で描いていたキラとは全く違った。
欲望に犯された彼女の目を、アスランは忘れることが出来ない。
別のものが、キラの中にいて、それが彼女自身を動かしているような。
それは、アスランの想うキラではなかった。
違うと思った。
理想を押し付けたいと思ったわけではないけれど。
そんな女の子を探して、そして彼女という役割を与えたわけではないけれど。
きっと身体中から出ていたのだろう、あの呻き声が、汚いと思った。
自分には、無理だと思った。
キラの何もかもを知っていると思ったけれど、実際は知らないことの方が多かったのだろう。
全てを愛していると言ったけれど、やはりそれは無理なのかもしれない。
ひとは、いつも予想不可能な行動をする。
それが、アスランには受け入れがたく、また想像を絶するものであったキラの行動はアスランには理解出来なかった。
それが、薬の作用だとしても。