第5章 Be painful now , but tomorrow surely...... 9
窓から見える季節は、夏の日差しが段々と薄れていっている。
あの、窓を閉めていても聞こえる蝉の鳴き声も段々と聞こえなくなり、今は夜に、たまに虫の声が聞こえてくる。
夏休みは終わって、九月を迎えた。
空はのあおさも、雲の白さも、未だ夏のままであったけれど、日差しは、蝉は、夏を終えて次の季節へと向かっている。
あれから、キラが攫われ、覚せい剤を打たれ、暴漢を受けた、あの恐ろしい日から、もう一ヶ月と少しが過ぎた。
薬の中毒症状は抜け切り、離脱症状は無くなった。
ある一定期間を乗り越えれば、それは必ず抜けるものであるから、それについてそれほど心配をしてこなかった。
ただ、最初の頃に懸念していた、暴漢の記憶は、未だ未だ癒える兆しを見せない。
その証拠に、外へ出ることはおろか、部屋を出ることもキラは拒む。
彼女は、今もラクスの家に居る。
薬の症状は無事抜けたようだが、しかし、薬を摂取した代償は身体に大きく残っている。
疲労感が薄れることはほとんどなく、1日の殆どをベッドの上で過ごし、目を閉じて寝ている状態だ。
しかも、それは浅い眠りが多く、多くの場合夢を見るらしい。
魘されているのをラクスがしばしば発見し、わざと起こして、落ち着かせたりしている。
ハイスクールは始まったが、学校に登校出来る状態とは全く言えず、今は休学扱いとなっている。
パキラ学園のハイスクールの保健医として働くラクスは、やはりその仕事を休むことができず、日中は仕事のために家を空けるために、キラはひとりで家の中に閉じこもっている。
それは、傷を癒すにいい環境と言えなかったが、自宅にも戻りたくないというキラの要望から、未だにラクスの家に居るというわけだ。
学校が始まって、一番にキラの元にやってきたのは、フレイだった。
どうして自分の居場所を知ったのだろう、とそんな疑問が浮かんだのだが、それよりも何よりも、フレイは自分に抱きついてきた。
「もうっ……キラの馬鹿っ……。」
走ってやって来て、そして、勢いよく扉を開けるのは一体誰なのだろうと、鈍くなった思考で考えるよりも先に、赤い髪の毛を振り乱して、親友が飛び掛ってきた。
「ずっと、心配してたんだから……びっくりしたわ。」
そう言うフレイの声は涙ぐんでいる。
「メールも来ないし、電話を掛けても、何の応答もないし。家に電話を掛けても、日中誰も電話に出ないし……でも、無事で良かった……。」
「……しってるの…・・・?」
尋ねると、フレイは、おおまかなことなら聞いたわ、と頷いた。
母親が、話したらしい。
それを聞いて、保健室に居るラクスに話し、部屋に入るに必要な鍵を受け取ったのだという。
「事件のことは、本当に、……辛かったと思うわ。」
「……。」
僕には、どう言葉を返したらいいのか、よく分からなかった。
あのことは、鮮やかに記憶の中に残っている。
それはひどく辛くて、しんどくて、今でもそれを思い出すと、胸が気持ち悪くなって、食べたものをもどしてしまうことがある。
けれど。
「だけど、一番気になるんだけれど、あの恋人はどうなってんのよ?」
もっとしんどいがある。
辛いことがある。
「今日の朝礼で、『ヤマトさんは休学扱いになりました』って、物凄い能面で言うのよ?普通は痛々しい顔になってしまうもんじゃない、彼女のことなら尚更!なのに、平然と言って、それで終わりよ。本当に、あんた付き合ってんの?」
私、よくあの先生がキラの方をちらちら授業中に見てたの、知ってるんだから、と言うフレイに、やはり彼女はよく、いろいろなことを見ているのだなあと思う。
やっぱり、フレイには、隠し事は出来ないのだろう。
「……んー……分かんない。」
「分からないって、あんた……。」
キラの言葉にフレイは絶句した。
まさか、キラの口から、そんな言葉が出てくるとは思っていなかった。
ふたりはひどく仲良かったし、それはとても甘いものだなあと、聞くたびにあてつけられている様な気がするほどだった。
それに、キラの彼氏の、キラに対する愛情はひどく甘く、彼女を包んでいるものだと、フレイは思っていた。
だが。
「えっと……何て言ったっけ……えー、勝手に終わっちゃうの……。」
「自然消滅?」
「あっ、うん、それ。多分、自然……なんとかっていうのみたい。」
笑って言う、キラの顔には、表情を象る色が欠けていた。
精彩をなくしたキラの顔は、見慣れた彼女の笑顔から程遠く、それは笑っているのに、ひどく悲しそうだった。
「だって、ぼく、きたないから……。」
言うキラを、抱きしめずにはおれなかった。
フレイは力の限り、キラを抱きしめる。
背中に腕を回し、力の限り、自分の方に寄せる。
横になったままの、その体制は少し辛かったが、キラのこころの中についてしまった傷に比べれば、それは無いものに等しいと思えた。
自分を卑下したことばは、色を失った彼女の姿そのもののように見える。
フレイのこころに落ちたそのことばは、キラの痛みと悲しみを容易く想像させるもので。
あまりにもかわいそうで、キラが不敏すぎて、涙も出てこない。
けれど、それよりも。
「あんた、泣きなさいよ。……抱いていてあげるから、ちゃんと。」
それから、少し背中をさすると、まるで引き金を引いた後かのように、キラの背中が震えだした。
小刻みに震える背中は、あまりにも小さく、寂しさの色に染まっている。
それが余計に、フレイには悲しく思えた。
「っうー……うあああっ……。」
漏れてくる泣き声は、少なく、それさえもせつない。
今のキラは、促さないと、泣くことが出来ない。
自ら、感情を、かなしみを、流すことが出来ない。
それ程、彼女のこころの中は不安定で、ぐらぐらで、そしてひとりだった。
知らないひとに、その身体の自由を奪われ、性を奪われ、意識を奪われた。
苦しみはそれだけでは終わらず、恋人さえも奪っていった。
帰ってこない時間。
しあわせ。
キラの笑顔。
そして、挙句に、キラの言動さえも幼さを帯び、以前とは打って変わって違うものである。
一体、どうしてキラにだけ、こんなにもふかい悲しみが訪れるのだろうと、フレイには親友の運命を呪うことしか出来なかった。