こんぺいとうの空

1*  2* 3*  4* 5*  6* 7*  8*  9* 10*




さよならは  あまりにも悲しくて
お別れは   あまりにも寂しすぎて
だけど、
アナタは   私なんかに囚われていちゃ いけない。

1*いつかのぬくもり

何だか分からないがやって来た。
まるで吸い込まれるように、誘われるように。
こんな感覚は初めてでは、ない。
流されるように、飲み込まれるように。
気がついたら、ココに来ていた。
少し前迄桜が綺麗だった、此処は今、夏の若葉が青々としている。
眩しい光が照っている、公園。
仕事の通勤時に通る所でもあり、見慣れた公園である。
公園には少しに子供と、お年寄りの方、そして色白の女性が居た。
余りの眩しさに公園の手前で立ち尽くしていると、
思いもしない所から声が掛かる。
「お若いの、公園の中に来なさいや」
年輩の人から呼ばれたアスランは、公園の中のベンチに座る声の主の隣で歩みを止めた。
「あんまり見ない顔じゃな」
やさしく、あたたかそうなおじいさんは座るように促す。
「浮かない顔をして、どうかしたのかな?」
眩しい光を見ながら尋ねるおじいさんに、アスランはゆっくりと口を開いた。
「色々、疲れたんです・・・・。仕事に、生活に・・・・」
人見知りの激しい性格。
なのに、初対面の人に喋れる自分に驚きながらもアスランは答えた。
「君みたいな青春真っ盛りのような時期に仕事・・・か・・・。がんばるねぇ」
何かを思い出すかのように、おじいさんは目を細めた。
「・・・時間があるなら、あそこのお譲ちゃんと話していきなさい」
おじいさんの目の端に沢山のしわがよる。

「優しい子じゃ」

アスランは促されるままに、
おじいさんのいう「優しい子」に近づいた。
ぱっと遠くからみても色白だと思えるが、相当な色白だと、更に距離を縮めて気付く。
黒く、ゆったりした飾り気のないワンピースが肌の白さを一層引き立てていた。
亜麻色の髪は、見るものの心までを和らげてしまいそうな優しい色。
さらさらの紙は綺麗なショートカットにされていた。
どんな風に、どうしたらいいのか言葉に詰まっているアスランに、
色白の子から声を掛けた。
「こんにちわ」
人懐っこい笑みと共に出された声もやさしいとアスランは思った。
全てを包み込んでしまうようなやさしさが其処にはあった。
「此処にどうぞ座ってくださいね。あっ、僕はキラ。キラって気軽に読んでね」
「俺は、アスラン。アスラン・ザラ」
「アスラン君って呼んでもいい?」
「呼び捨てで構わないよ、キラ」
・・・・・・・・・・キラ?
何処かで聞いたことのあるような響きだ・・・。
「もしかして、俺はキラに会ったことがある・・・?」
脳裏で一瞬掠めた思いをアスランは気付かぬうちに声にしていた。
「ごっ、ごめん!会った事ない筈・・・・・。本当に済まない!!」
言った後でしまったと思うアスラン。しかし、もう後の祭りだ。
アスランは項垂れた。
こんなに優しい人に今までに一度でも会ったことがあるのなら、絶対忘れない筈だ。
自分の無神経さを、アスランは呪った。
そんなアスランにキラはずっと、顔に笑顔を浮かべていた。
決して、崩さないと決めているかのように。
「全然気にしないで。僕も、君みたいなカッコいい人に会った事があるなら絶対忘れないよ」
キラがクスクス笑うと同時にアスランもつられて笑った。
「アスラン、ここに来て初めて笑ったね」
キラは嬉しそうにいった。
辛そうで、しんどそうな顔をしたアスランにキラは笑ってもらいたかったのだ。
「笑って、少しでも辛い事が紛らうといいね」

そうやってゆったりとした時間を過ごしていると
キラに帰らなくてはならない時間がやってきたために、キラは帰った。
アスランも、老人の元へと歩みを寄せた。
「どうじゃった?」
「貴方が仰る通り、とても優しい人でした」
そう、返事を聞いて、おじいさんは嬉しそうに顔をほころばせた。
「お前さんも、さっき公園に来た時とは見違えるような表情じゃ」
「キラが、そうしてくれたんだと思います」
アスランは、思ったとおりに告げた。
「また明日も今日と同じくらいの時間に、この公園においで。
 あのお譲ちゃんは、きっといるじゃろう。
 それは、君があのお譲ちゃんと話したかったらという場合だが・・・」
「是非、来させていただきます」
「あぁ、いつでもおいで」

アスランは、老人に頭をさげて公園を後にした。
眩しい光はとてもあたたかかった。






真っ白は大好き  彼方の色に染まれるから
でも  この真っ白な部屋は  怖い
何色にも染まれない
彼方の色にも染まれない
怖い  コワイ  助けて  タスケテ

2*えられた傷

「あっ、イザーク・・・・来てたんだ・・・・」
部屋に戻れば、見慣れた銀髪が居た。
美しい、銀糸のような髪。
「キラは何色の服も似合うな」
黒く、飾り気のない、ゆったりとした黒いワンピースを着たキラに
イザークは言った。
しかし、キラは何か反応を見せるわけでもなく、イザークに背を向け、
何時もの服装に着替え始めた。
ワンピースを脱ぎ、覆うものがなくなった背中から覗かせるものは
沢山の傷跡。
異常なほど白く、透き通った肌は消えない傷跡を目立たせるものとなっている。

着替え終わり、キラはやっとの事、開口した。
「今日、アスランに会った」
敢えて、イザークとは目を合わせないように
ベッドに入る。
マットレスの軋む音が、途切れたキラの声の後に入った。
「辛そうな顔、してた・・・」
イザークのこたえを待たずにキラは続ける。
「・・・・・・僕の事、当たり前だけど知ってなかったよ・・・・・」
潤む瞳からは、今にも雫が垂れてしまいそうで。
ぎゅっと、目を瞑る。
雫を落としてしまわないように。
少しでも出てしまったら、きっと止まらなくなるだろうから。
「大丈夫か?」
背を撫でるイザークの手をしっかりと感じる。
しかし、それと同時にキラは自分の体が無意識に動くのを感じた。
――――――今朝もあったのに・・・・
目の前がふらふらして
息が苦しくて。
「イ・・・・・・・」
イザークの名前を呼ぼうとしたが、言い切る事は出来ないままキラの意識はなくなった。

それから2、3日が経った。
「こんにちは」
今日も、太陽は沢山の光を放っている。
毎日のように黒い服を着るキラは眩しそうに、今着たばかりのアスランを見上げた。
アスランは早速、キラが腰掛けるベンチの隣に座った。
「キラは黒い服、好き?」
「うーん・・・・分からないけど、確かに黒い服をよく買ってもらうよ」
「黒い服も似合ってるけど、白い服も似合いそうだね」
――――『キラは白い服を着ているほうが、可愛いよ』
キラは遠い記憶からの声も聞きながら、
隣で話すアスランの声を聞いていた。
不意に涙が出そうになる感覚に襲われる。
   でも 
   絶対に泣けない
   泣いちゃ  いけない
キラは多大な衝動を抑えつつも、普段の様に笑った。
「そういう風に言われた事、何度もあるよ」
   笑えた
   大丈夫、
   笑えてる・・・・
「じゃあ、白い服を着ればいいのに・・・・・」
何気なく返ってくるアスランの返事にキラも『今迄は着てたんだよ』と
言おうとしたが、重い口は開けられず
唯、力なく笑う姿が其処にあった。

どんなにお願いしても、このお願いだけはずっときいてもらえない。
毎日決まりきった様にやってくる時間に、キラは逆らう事が出来ないまま
アスランと出会ってから1週間、過ごしている。
そして今日も、約束の時間が刻々と迫ってきていた。

華の咲いた自分たちの会話を、何時も自分が打ち消さねばならないキラはこの時間を、瞬間を悲しく思った。
「ごめんね、そろそろ帰らないといけないから・・・」
申し訳そうな、そして悲しそうなキラに帰らないでと物乞いはしまいものの、制限された時間に薄々と気付いたことにアスランは寂しそうな顔をした。
「大抵、1時30分位から2時30分位までココにいるから・・・」
何時も2時ごろにやってくるアスランに、自分が1時30分から来ていると言えば30分も増えると思いキラはそう、告げたがそれは反対に、
アスランを驚かせるだけとなってしまった。
あまりにも肌が白すぎるキラをアスランは何かあるんだろうなぁと思っていた。
しかし―――――。
『大抵、1時30分位から2時30分位までココにいるから・・・』
たずねたい事は沢山ある。
だが、他愛無い会話をしていても絶対と言っていいほど、自分の事については話さない。
つまり「秘密主義者」。
そんなキラが、こんな事を尋ねても答えてはくれないだろう・・・・。
何も出来ない自分を歯がゆく思いながら、キラの背中を見送った。






何かが 動き始めた
見えない何かが 其処に惹きつけられているように

3*思い葉

――――薄々気づき始めてる・・・
キラは、昨日の帰り際のアスランの反応を見て、
手に取るように分かる自分を恨めしくも感じていた。
自分が体を張ってまで、守りたかったもの、守りたかった、自分の宝物のような存在。
絶対に守りきりたかった。
だから、命を差し出したのだ。
しかし、
守った末に生まれた現実は、張り詰めそうなモノだった。
何もない・・・。
・・・・・全く何も無かった。
でも、それで良かったのかもしれない。
守りたいモノの、ヒトの命はあったのだから。
生きているだけで良かった。
それ以上、求めてはいけない。
それなのに、2年間も会わずにやってきたのに、会いたいと願ったから、求めたから、
だから気づかれる羽目になったのだ。
自分が悪い。
ふっと、時計に目をやれば1時過ぎ。
ベッドから体を起こし、外に出るために服を着替えようとした
その時、キラは息苦しさを感じた。
「っつ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
唯一の外出時間を此処ですごすには耐え難い事。
しかし、自分の体を支える事も難しいキラは
止むをえず、ナースコールを押した。

目が覚めれば辺りは夕焼け色が部屋に差し込んでいる。
キラの心には、しきりに約束を破ってしまったアスランの事が頭にうかんだ。
しかし、心の何処かでアスランを想う事は
駄目だと言っている。
―――――もう、アスランを傷つけてはいけない
それは、キラにとってアスランとは会わないという道だった。
今のアスランは何も知らない。
だが、何時アスランが何を思い出すかなんて、分からないのだ。
もしも、思い出せばアスランは苦しむだろう。
長年付き合っていたキラにとっては、苦もなく分かる事実。
だが、キラにはアスランと昨日約束したばかりの約束がある。
お人よしなキラに、アスランの事が大切なキラに、
昨日ばかりのアスランとの約束を破るという事は
出来なかった。
コンコン
と、思いに耽るキラの邪魔をするノック音がする。
「どうぞ」
部屋に入ってきたのは、
苦虫を潰した様な顔のイザークと担当医。
一気に、暗い空気が部屋を漂う。
「キラ君・・・・・・・・・・・・・」

その頃、アスランは。
仕事場の椅子の背もたれに背を預け、赤く染め上げられていく夕陽を見ていた。
――――何故だ・・・・・?
今日、昨日キラが教えてくれたように1時30分に行ったが、キラの姿は見当たらない。
遅れるのかと思い、待ち続けていたがキラは結局来なかった。
いたずらの為に来なかったというのは、
キラの性格上、考えられない。
温和で優しい性格であるとみたアスランは、悪戯という事は絶対にないと思っていた。
そんな心配と共に、キラが来ない事にもどかしさを
感じている自分がいるのだ。
社長の父親が商う、アスランが勤めている会社は
この国でも有名な会社。
持ち合わせた頭脳のためか、格は驚くほどにあがる一方。
しかし、
精神的な面が伴わず、何かと疲労が溜まるようになっていった。
そんな自分を、癒してくれたのはキラだった。
とても短い時間の間に、自分にとって、無くてはならない存在へと化したのだ。
――――俺は・・・・、・・・・キラが、好き・・・・・・・・??
赤い夕陽は黒い闇へと変わりかけていた。

よくかかってくる電話番号と共に表示される着信の名前を見ながら
ラクスは、通話に繋げるボタンを押した。
「もしもし?」
「こんな電話は、気の毒だが・・・・後少しだ・・・・・」
急なイザークの、あまりの話にラクスは息を呑む。
言葉数少なくとも、ラクスを追いやるには十分な内容だった。
「後、どの位ですか?」
「精々、1ヶ月位だろう・・・・と」
いつもは、淡々としたイザークの声も、今日はそうもいかなかった。
―――闇色は、どんな色をも闇色に染め上げる
    全ての意思とは関係なく
「・・・・分かりました。何か、私に出来ることがあればなんなりと言ってください」
「ああ・・・」
しばらくラクスは、切れた受話器を持ちながら立ち尽くしていた。






見慣れた白い 部屋。
其処は檻のような場所でもあった。
常に、誰かに監視されているような。
其処の住人はキラ。
病室はキラにとって唯一の「自分が居れるトコロ」
で、ある。

4*欠けたこんぺいとう。

アスランと会う、久しぶり今日。
キラはいつもの公園への道のりを、いつもより
ゆっくりとした速度で、歩いていた。
発作が治まれば、その後は大抵自由を許されるのだが
今回は大事を見るために、と医師に言われ
発作が起きたその日から3日間もベッドう上に要されたのだ。
――――もう来てないかもしれない・・・・・
4日も、姿を見せなかったのだ。
キラは、寂しい気持ちを抱えながら公園のベンチへと足を向ける。
しかし・・・・・・。
「あっ!!」
キラの予想を反し、ベンチには人影が。
「こんにちわ。来ていないと思ったよ」
キラはアスランの姿を見るなり、そう 声をかけた。
3日分の笑顔を振りまいて。
「久しぶりだね・・・・」
アスランからも、嬉しそうな声が漏れる。
しかし、じっくりとキラの顔を見たアスランは顔を歪ました。
「キラ、顔がやつれてるよ・・・・・何かあった?」
心配して、キラの頬に伸ばされるアスランの手。
だが、
「大丈夫・・・」
そう言って、キラはアスランの手を止めた。
止められた手には、
冷たい銀のような感触がアスランには感じられる。
――――何だ・・・?
よく見れば、キラの左手の薬指には
エメラルドの宝石がついたリングがつけられていた。

アスランは複雑な気持ちで、キラの隣に座っていた。
「ごめんね、毎日来てくれてたんだよね?ありがとう」
キラは嬉しそうに笑った。
しかし、そんな顔は直ぐに曇る。
「それで、あの・・・これから毎日、来れないと、思うの・・・」
申し訳なさそうにキラは告げた。
面倒を見てくれているイザークに止められて
と付け加えて。
「・・・・・そっか・・・」
心なしか、アスラン」の口調は暗い。
「ついこの間、あんな事を言ったばかりなのに、
 本当にごめんね・・・」

それから、キラは毎日公園に来ることはなくなった。
それでも
アスランは、毎日 公園に行く。
何をする訳でもない。
公園に行く事が、アスランの習慣になっていた。
時々、キラを紹介したお爺さんと話す。
「今日はお嬢ちゃんは来ていないようだね」
「・・・はい・・・」
「そうか・・・、お嬢ちゃんにもお嬢ちゃんなりの理由があるんだろう」
お爺さんは、何かを紛らわすように笑った。
「つかぬ事をお聞きしますが・・・キラは誰かと結婚しているんですか?」
あの日に見たエメラルドの指輪が
気になって仕方ないアスランは翁に尋ねた。
「いや、していないと思うが・・・・・・
 お嬢ちゃんみたいに可愛いと君みたいな顔の整った子と
 家族を持っていそうじゃ」
何時もの様に、お爺さんは笑った。

「いい曲に仕上がったわね」
プロデューサーに渡せば、OKだという返事が戻り
キラは安堵の息を漏らした。
「タイトルの名前の子って・・・・・
 もしかして、あの有名な会社の息子さん?」
ニュースでも何度か目にした事のあるファミリーネームである事を思い出し、
プロデューサーは尋ねる。
「・・・あの・・・・駄目、ですか?」
不安気に見上げられる目。
「・・・・・・・駄目、とは言わないけれど今回限りにしてね。
 貴女の初めてのCDなんだから、許すわ」
可愛い子にこんな上目遣いをされて
嫌といえる訳がない。
プロデューサーは、自分の甘さにため息をついた。
「ありがとうございます」
キラは深々と頭を下げた。
「だけど、嬉しいわ、
 やっと、発売する気になってくれて。貴女の作詞作曲でもあるし」
そういって、タバコに手を伸ばす。
ライターから火を付け、煙をふかした。
「発売は2ヵ月後位いになるわ」
プロデューサーの話にキラは少し考え込んだ。
「発売日を、この日にして貰えませんか?」
キラは、手元にあるカレンダーの日付を指しながら尋ねる。
「構わないわ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
キラは再び嬉しそうに笑った。

話が終われば直ぐ、
キラは迎えに来たイザークの車に乗り込んだ。
「ありがとう」
迎えに来てくれたイザークにお礼を述べる。
「体は大丈夫か?」
何時も向けられる、イザークの言葉に
キラは何時ものようにひとつ返事を返した。
「大丈夫」
大丈夫でも、大丈夫じゃなくても
キラはこの返事を返している。
そして、今日も大丈夫だと返した。
しかし、キラは思う。
――――いつ、大丈夫じゃない時が、あった?
と。
二人の間に流れるのは、
沈黙というあまりにも重たい空気であった。
イザークは、キラのひとつ返事に気がついているのだ。
病室に戻るまで、二人は話をする事はなかった。

すべての生活に制限がかかり
すべてのモノに制限がかけられた今
キラの周りには、言わずと知れた重たい空気が流れていた。
――そんな事をしたい訳ではないのに
   そんな風になってほしい訳ではないのに・・・・
――みんなには笑っていてほしい・・・・
そう願うキラとは別の方向に話は全て傾く。
キラの意思とは関係なく。
黒い絵の具は、少ないどんな色でも黒に変えてしまう。
其処に何か大きな、変える力がない限り、
何も変わりはしないのだ。
すべてのまざりあう想いの中に
何か大きな力を。
何かを変える力を。






5*空調システムの歪み



うららかな昼下がり。
再び外出禁止を言い渡されたキラは、雑誌でも読もうかと売店に行くことにした。
近頃、以前より益して体が重たい。
ベッドから身を起こすのも、厳しく感じられる時があるのだ。
薄手のカーディガンを引っ掛け、立ち上がろうとした
その時、
突然の訪問者がキラの前に現れた。
3年前に別れを告げた、カガリが病室の扉を勢いよく開ける。
留学をしていたために、久しぶりにカガリを見るキラは
その姿を見るなり、うれしそうに顔を綻ばせた。
「久しぶり、カガ――」
呼びかけた、キラの言葉は最後まで紡がれず
変わりに
バシンという平手打ちの音とドンという誰かが倒れる音が部屋に響いた。
「お前っ・・・・・・・!!」
カガリから平手打ちを食らったキラは、その手からの力に耐え切れず、床に倒れたのだった。
倒れた振動で、一気に心臓に負担が掛かったキラは
苦しそうに顔を歪ませた。
そんなキラに尚も痛めつけようとするカガリを
間一髪で病室に入ってきたラクスがその体を止める。
「カガリ、何をするのですか!」
ラクスは、怒りを込めた口調をカガリに投げつけると、
あまりの衝撃で立ち上がれずに、床に倒れたままのキラに変わって
ナースコールを押した。
急いでカガリの後を追ったラクスの口から
たくさんの酸素を吸い込もうとする息がなされている。

ラクスがナースコールを押してから数分もしないうちに
キラの病室は看護婦と医師、そして顔色を蒼白にしたイザークがやってきた。
はりつめた空気の中、医師がもう大丈夫だと確認すると、イザークの顔色は序所に戻り
医師達もキラの病室を後にした。
その様子をカガリは目を白黒させながら見ていた。

カガリは留学中、誰からも何も知らされなかったのだ。
只、知っていたのは、アスランはキラの事だけがすきであること。
自分の中に、アスランに対する恋心があること。
自分はキラにはカナワナイこと。
だから、カガリは自分のアスランに対するアスランの想いほ告げず、蓋をする事を決めていたのだ。
そしてアスランとキラの幸せを見守ろうと、そう決めていた。
それが今、自分が留学から戻ってこれば、アスランはキラの事を知らないと皆言うのだ。
記憶を失ったというアスラン。
キラにアスランを任せたつもりだったのに、どうしてアスランが・・・・・・
それ以上、カガリ自身、どうしてキラを打ったのか、キラに怒りをぶつけたのかは、分からない。
気がつけば、キラを倒していた。

どの位、時間がたったのだろう。
キラはイザーク、ラクス、そしてカガリに見守られる中、目を覚ました。
それは、重い沈黙を破る合図ともなった。
「キラ、ごめん・・・・・」
カガリは、さっきとは打って変わった態度をキラに露にした。
決して、イザークもラクスもカガリを責めなかった。
こんな重い沈黙をつくったのは自分が原因であるというのに。
そして、自分の行動の遣る瀬無さをカガリはキラに謝った。
「ううん、何も知らせなかった僕も悪かったし」
キラはかぶりを振る。
平手打ちを食らって、倒されて、苦しいながらも
キラはカガリの事を考えていた。
カガリがアスランに対する想いを薄々気づいていたキラは、
あぁそうなのか、がから自分はぶたれたのだとひとりごこちていたのだ。
「今更だが、・・・・聞いていいか?その・・何があったのか・・・」
カガリの申し訳なさそうな態度にキラは静かに目を伏せた。
イザークとラクスは静かにキラをみつめる。

今、キラとアスランにあった過去が露になる・・・






親のいない二人は孤児院で幼年期を過ごした。
痛む傷の舐め合いをしていた訳では決してない。
互いが互いであるから好きであると。
学校を卒業する一年前、アスランは自分の父親、そして従姉弟であるラクスを知った。

6*そのココロのすべて。

休日だったその日、2人にとって大切な買い物に出掛けていた。
何処から見ても嬉しそうに、幸せそうに見える2人。
その、2人が丁度歩いていた場所で発砲が起きた。
発砲が珍しい訳でもない。しかし、あまりにも急な出来事だった。

「・・・・・・・っっ!!」

トリガーの引く音と同時に、体中を駆け抜ける痛み。
膝あたりから感じる生ぬるい感覚。
――――何が起きたんだろう・・・?
そう感じて、周りを見渡せば発砲の巻き添えを喰らった車が炎上しようとしているのが
キラの視界をかすめた。
「どうしたんだ?」
あせったアスランの背中側にある車が、炎上を巻き込む距離である事は、キラにでも分かる。
同時にキラの体と口は動いた。
「ごめんっ!」
そう、言いながらアスランの体を民家の方へ押し倒す。
と、同時に、キラの耳に車の炎上と同時に爆発しり音が響いた。
――――アツイ・・・イタイ・・・
どうやら背中側が炎上に巻き込まれたらしい。
発砲を受けたふとももは銃弾が貫通したらしく、血が衣服に染み込んでいるのが分かる。
押し倒したアスランの様子を見に行きたいのだが、
この足の痛みでは歩くことはもちろん、立っているのも苦しい。
眩暈がする。
キラの体は、銃弾の貫通によって発熱させていた。
口からは肩で浅い息をさせている。
間近で見ることは出来ないが遠目にみれば
出血などはなさそうだ。
気を失ったらしく、目を閉じている。
キラは、出血をしていないアスランを確認すると
安堵の息をもらした。
そして、自分も地面に座り込み、首をカクンと前に垂らした。

救急車で運ばれた怪我人は、多くはなかったが重傷者が、結構な数を占めている。
怪我人の中にキラとアスランのが姿があった。
すぐさま、2人は精密検査、手術室の扉を潜る。

アスランは頭を強く打っていた。
気を失っただけだと思われていたが、打ち所が悪く昏睡状態に陥っていた。
一方、キラは銃弾の貫通と大きな背中の火傷。
2ヶ月もすれば退院と言われた。
とりあえず、命の別状はない。詳しい検査結果はもう少しかかると。
事故の話を聞いて、2人が最も仲のよいイザーク、そしてラクスが駆けつけた。
命に別状がないと聞いたから、数日後、自体は急変した。

「ザラさんのお付きの方ですか?」
従姉弟のラクスとイザークが医師に呼ばれた。
「昨日の脳波、CT検査の結果が出たのですが・・・・」
医師は言いにくそうに言葉を濁した。
ラクス、イザークは何を告げられるのかと体を強張らせる。
「ザラさんの症状は、頭部外傷後精神障害というように診断されました。
 事故にあっても、出血していない人に多い病気です。
 この病気は意識障害の有無、つまり性格が変わったり常時精神不安定になるのと、逆行健忘の有無、つまり記憶に関するのと2種類あるのですが、ザラさんは、後者の逆行健忘の方であると診断されました。」
医師は、一度言葉を切る。
「事故時から、以前の記憶がほぼ抜け落ちているでしょう。
 後、器質的損傷、精神的障害もありますので薬を投与していきます。」

暗く、重い空気が其処にはあった。

診察室を出た二人は、アスランの症状を聞いた後、一言も話さなかった。
しかし、考えていることは一緒だった。
それは、「キラのこと」。
心配をして、キラはアスランの症状を聞くだろう。
―――記憶は失われた
言ってしまうのは簡単だ。
でも、それを聞いたキラはどうなる?
言うことは、出来ない・・・・・・。
だけど、自分たちはキラに尋ねられたらどう答えればいいのだろう?
キラとアスランが別室であるのがラクス、イザークにとって唯一の救いだった。

結局、二人は何かが出来た訳でもないまま、「その時」を迎えた。
しきりに「どうなっているの?大丈夫なの?」とキラに尋ねられても曖昧に笑うしか出来なかった。
だが、そんな事が何時までも続くわけがない。
キラは検温にきた看護士から、隠されれ続けたアスランの事を知った。

体温計を渡しながら、看護士はキラに尋ねられた問いに答えた。
「記憶喪失になったのよ、かなり重度の。 断片的にしか思い出せないらしいわ。」
イザークやラクス、そしてその他の友達にどんなに尋ねても、
誰もはっきりと答えてくれないという事が分かった時から、
何かあるんだろうと薄々気づいていたのだが・・・・・
聞いた瞬間、キラの頭は真っ白になった。
キオクソウシツ、キオクソウシツ。
頭の中で、繰り返してみた。
何も…分か、らない…ん、だ・・・・・
アスランと過ごしたあの日が、友人だったあの頃が、恋人になったあの時が、
すきだといってくれたあの日が、初めてキスをしたあの日が、
何もかもが。
――スベテガキエル――
――――アスランは、僕…の事、をわ、すれた…んだ…・・・
恋人なんておろか、知り合いでもない。
無意識にキラは、事故が起きたその日に買ったソレを ベッドの近くにある引き出しから出した。
アスランが持っていたソレは、まるで此れは傷つけたくないとでもいうように、守りたいというように、意識のないアスランの手の中で、がっちりと守られていたとキラは聞いている。
白く、小さな箱に赤いリボン。
何かの嘘だと思いたい。
そんな事ではないと、言ってほしかった。
だが、周りの態度を見れば、嘘でない事位直ぐに分かる。
何粒もの大きな雫が、頬を伝わり、赤いリボンに染み込んでいく。
自分があそこで押していなければ、
こんな事にはならなかった。
だけど、押さなければ
アスランは大怪我を負っていただろう。
キラは赤いリボンを解いた。
シュルッと布ずれの音がたつ。
――――何をすれば一番よかったんだろう、
――――どうしたらよかったんだろう、、、
箱を開ければ病室の蛍光灯の光を受けてキラリと光るリングが姿を見せた。
見た瞬間、そのリングを買った時の状況がありありと浮かぶ。
買った時、まさか帰り道にこんな事になるだろうとは夢にも考えていなかった。
手にとったリングはエメラルドの宝石がキラキラと光っている。
――――誕生石を身につけているといいらしいから・・・・・
そんな理由で、アスランはキラに贈る指輪は、エメラルドの宝石がついたリングにしたのだ。
そして、その美しく輝くリングは今、キラの手元にある。
エンゲージリングであるその指輪を、キラは自分の左手の薬指にはめようとした。
しかし。
「・・・・・・・っふ・・・・・・・・・・」
キラは、指輪をはめる事は出来なかった。
手から離されたリングは、虚しく布団に落ちる。
キラはせきを切ったように嗚咽を漏らしながら泣き出した。
エンゲージリングだと思っていた。
そして、今もその指輪をエンゲージリングだとキラは思っている。
しかし、そのエンゲージリングをくれた本人が、アスランが、恋人であるキラの事を忘れてしまったのだ。
互いが互いを想いあってこそエンゲージリングなのだ。
たとえ、キラがどんなにアスランの事を想っていても、アスランが何も想わなければ、
それは唯のキラの片思いに過ぎない。
エンゲージリングは、最早キラにとって唯のリングでしかなかった。

泣くだけの毎日。
キラは誰とも喋らなくなった。
眠り続けるアスランの元で、キラはずっと泣き続けた。

そんなキラに、新たな事実が告げられた。
それは、キラ・ヤマトの心臓は悪い。うまく機能を果たさずに悪化という道をたどり着いた結果、もう沢山生きられない
医師に告げられた事実は、アスランの内容よりも酷く、キラの周りの人間を闇も底に落とした。
どうして、命に期限がかかるまでに至ったのか。
どうして、病気に気付けなかったのか。
何よりも、キラを失うことを恐れた。
何よりも、キラが更に泣く日々になり続けることを恐れた。
しかし、キラは泣かなかった。
というより、死の宣告を受けてから、キラの泣いている姿を誰も見なくなった。
記憶を失ったというアスランの話を聞いてから、泣きっぱなしであったキラとは、考えもつかない事実。
「アスランの記憶を失わせた罰が、これなんだよ」
キラは笑った。

一方アスランは、意識をとりもどした。
それと同時に、キラは今まで傍につきっきりだったアスランに近づく事を
一切やめた。
僕の事はアスランの中ではなかった事にしてほしい・・・
キラはそう、イザークやラクス達に告げた。
――――僕はもう、長くないし・・・

アスランの意識を取り戻したその時から、何処かに消えた記憶を
友人達の話や写真などによって取り戻しつつあった。
しかし、そこには、一切キラの内容は含まれていない。
キラは、自分の決めた事であっても、その現実に直面すると
誰にも知れず、涙を零していた。
ほんのたまたま、病院内ですれ違う時・、今までなら、記憶を失う前なら、どんな時でも、どんな場所でも自分に話しかけてくれた。
しかし、今はもうアスランはキラの事を知らない。
知らないキラに、アスランが挨拶をする訳でもなく、ましてや話しかける訳でもない。
自分の決めた事だと分かっていても、泣きなくなる現実に目を逸らすことは出来なかった。
そんなキラは、再びあのリングを手にとっていた。
もうエンゲージリングでもないそれただのリングとしかなさない。
だけど、それだけでよかった。
すれ違ったとき、何の反応もないアスランは、まるでずっと自分のことを知らなかったんじゃないのか、と思えてきて。
過去だけでも良いから、記憶になくてもいいから、
アスランに好きだと言ってもらった時期があったのだと、思いたくて。
そして、エメラルドの宝石をアスランのあの優しい瞳の色に連想させて。
キラは過去に縋らずには生きていけなくなった。
その位、精神はぼろぼろだった。
左手の薬指にエメラルドのリングを、悪化の道を辿るだけの体に身につけているキラは誰が見ても、痛々しい。
しかし、誰もが、何も出来ずにいる。

そのうち、アスランは退院許可が下り、退院を迎える。
キラは、自分に見舞いに来るイザークを除くすべての友人に、最後のお願いをした。
「皆も、アスランと同じように僕のことを忘れて…・・・。
 僕に構わないで生活を送ってほしい。
 わがままばかり、ごめんなさい・・・・・・」
キラ自身、悩んだ末の答えがこれだった。
誰も、キラに反対の意を表すことは出来なかった。

そして、アスランは退院をした。
それと同時に、イザーク以外、誰も姿を見せなくなった。
それから二年後、再びキラはアスランと出会う。

カガリは、キラの話が終わって、面会時間が終了するまで一言も話さなかった。






7*見つけたオモイ



「キラって結婚してるの?」
前々から気になっていたアスランは,キラの左手の薬指についた指輪について尋ねた。
「どっちだと思う?」
キラは,いつもと違う雰囲気を出しながら言った。
それは意図的ではなく。
顔は必死に笑っているが,それは涙の出そうな顔にも見えた。
「キラはかわいいし・・・結婚とはいかなくても,恋人はいそうだよね・・・・・」
何故か儚げな顔をするアスランをキラは,緊張した面持ちで見た。
―――どんな風に答えたらいいんだろう・・・・・・・?
まさか,アスランに,こんな事を尋ねられるとは思ってもいなかった。
もちろん,アスランのことはスキだ。
しかし,だからといって,素直にスキだと言うことは今のキラには出来なかった。
過去の事もあるし,そしてこれからの自分の命のこと。
尚のこと,答えるのは難しくて。
そんなキラをよそにアスランは告げた。
「キラのこと,好きだ。愛してる」
キラは,真っ直ぐにアスランを見つめる事はできなくなり,俯く。
堪えきれなくなった涙はぽろぽろと零れ落ちた。
「キラに恋人がいたとしても,これだけは伝えておきたい。
 俺には,記憶がない部分があるから,もしかしたらその時に彼女がいてかもしれない。
 けど,今の俺はキラが好きだ。 一番,愛してる」
『キラ,好きだよ』
いつかのアスランの声と被り,キラは堰を切ったように泣き出した。
アスランはキラを自分の腕に抱きとめる。
「泣かせてごめん・・・・。涙が出るほど辛いんだよな?
 押し付けてごめん。
 キラには,きっとキラに似合う恋人が居るだろうから,俺の言ったことは忘れてくれ。」
アスランは,泣き止む様子を見せないキラの背中を何度も撫でた。
何も変わっていない。
変わってなどいなかった。
アスランの優しさも。言葉も。何もかもが。
全てはこの指輪にあるというのに。
涙は止まらなかった。
唯,泣き続けた。
「ありがとう」という言葉だけを残して。

キラが公園を後にした後,アスランは我慢していた涙を溢れさせた。
自分は振られた。 一番一緒にいたかったひとに。
そう思うと,沢山の想いが溢れ出す。
「・・・・・・っふ・・・・・・・・」
抱いたキラの体を思い出しながら,アスランは泣き伏せた。






約束の時間が近づいていることが,キラにはひしひしと感じられるようになったのは,アスランからの告白を受けてから約一週間程経った時。

8*永遠という不滅の名。

とうとう,キラは一人で歩く事が出来なくなった。
アスランの所へ行こうとしたが,あまりの自分の身体が重く感じられ,足が動かないのだ。
自分の足で,自分の身体が支えられない。
それほどまで,キラの身体には限界が近づいていた。
それを知ったイザークは,今まで以上にキラにつきっきりになった。
今まで,見舞いに来て欲しくないという言葉を尊重していたラクスもまた,病室に顔を見せるようになった。
「アスランに告白されたよ,あの公園で」
いきなりのキラの発言に,イザークとラクスはびくっとした。
キラは窓の方に目を向ける。
「ありがとう,だけ言った。・・・アスラン,何にも変わってなかった・・・・・・」
キラにかける言葉はなく,イザークとラクスは唯立ち尽くした。
「アスラン,早く他の違う誰かと幸せになってほしいなぁ・・・って,これは僕の我侭だ」
困ったように,キラはつぶやく。
哀愁の漂う部屋が,そこにあった。

誰もいなくなった病室で何時ものように,窓から夜空を見上げれば,今日も月が綺麗だ。
そんなことを思っていれば,身体が急に苦しくなるのを感じた。
――――・・・・・・っ!!
今までと比ならぬ重みと息苦しさ。
キラは,手近になったナースコールを押そうとした。
しかし。
なんだか今日のこの発作は,お迎えにように感じられたキラはボタンを手から離した。
あぁ,これで僕の人生が終わるんだなぁ・・・・・・。
苦しい波を身体で感じながら,キラはそんなことを思う。
心臓にかかる圧力は,キラの顔を歪めさせる。
時間の遅い今,隣には誰もいない。
と,急に,キラの胸にアスランのことが過ぎった。
好きだと言ってくれた,アスランの姿を胸の中で思い描く。
―――あの時,僕もアスランに好きだといっておけばよかったな・・・・
そんな後悔をしていれば,涙がキラの頬を伝う。
「アスラン・・・アスラン・・・・・・・・・・・・・」
伝えたい事は,沢山あったのに。
伸ばした手は,空をつかむだけで,パタッとベッドの上に落ちる。
涙がいく筋も伝った。
「アス・・・・・・・・ずっとす――――――――」

        もう一度だけ,会いたかったな
        あの暖かい腕に抱かれたかった
        キス,したかったな・・・
        もう二年もしてないんだ・・・・・

次の朝,検温に来た担当の看護師によって,キラの冷たい身体が確認された。






9*止まっていた時間

すべてが落ちるいたのは,キラが息を引き取ってから2週間たったある日。
イザークは,キラが今まで通っていた公園にいった。

残暑の残る9月。

目の上に手を翳しながら,公園にいる人を探す。
濃紺の髪を見つけると,イザークはそちらに足を向けた。
「キラじゃなくて悪かったな」
イザークはアスランの隣に腰を下ろした。
「お前,俺をキラの恋人なんて思っているだろう?」
イザークのストレートな発言に,アスランは身体をぴくっと振るわせる。
図星,である。
あの告白から,キラは一度も姿を見せなかったのだ。
姿を見せない原因は,自分がキラに告白――迷惑――をかけた所為だと思っていたのだ。
「とぼけてろ。お前は知らなさ過ぎている・・・・・まず・・・・・・・」
言葉を詰まらせるイザーク。
アスランは瞬時て,嫌な予感を胸に抱いた。
「キラは,死んだ」
イザークはアスランに有無を言わせず続ける。
本当のことを,アスランとキラのことを。

「キラの最後には立ち会えなかったが,最後に会ったときにもお前のことを話してた」
かんかんに照っていた陽はいつの間にか沈んでしまい,オレンジから黒い闇へと綺麗なグラデーションを見せている。
「俺が言えるのは,キラはずっとお前のことを想っていた・・・・・・お前が想っている以上にな。それから,きっとお前以上に愛していたはずだ」
イザークは手に,あのアスランがキラに送った,指輪の入った小さな箱を,アスランに差し出した。
もちろん,赤いリボンも,今は亡きキラの手によって丁寧にかけられている。
「これ・・・記憶にないか?」
おずおずと,アスランは言われるままに受け取る。
それは,多少汚れてはいたが,きれいに保管されていたであろうことがはっきりと分かる。
2年という月日を経ても,購入時とあまり変わらないその箱が,存在を露にしている。
―――分からない・・・分からない・・・
アスランは力無く,頭を振る。
それと同時に流さまいとしていた涙が,そこらに飛び散った。
「これにな,お前がキラに送った指輪が今でも入っているはずだ。・・・・少し前に,キラ自身がその箱に戻していたからな」
アスランは改めて,その箱を見た。
―――どうして・・・どうして・・・・・
これほどまでに,一度記憶を失ったことに苦しみを感じたことはない。
感情が怒涛のように渦巻く。
そして,アスランの胸の中には,自身では理解することの出来ない何かがあふれ出していた。
飛び散った涙の後から,後から,冷たい滴が流れ落ちる。
口からは,いつの間にか,理解することの出来なかった思いを吐き出すかのように,言葉が溢れていた。
「キラ・・・キラ・・・・・・ど,して・・・・・」
拭うことさえも忘れられた涙は,いく筋も後を頬に残していく。

傍で見ていたイザークは,アスランには,キラにもいたたまれなくなって,足元に視線を落とした。






10*こんぺいとうの空を見上げて

あれから,アスランは唯,刻の流れに身を任せていた。
なすがままに生きる,毎日。
それは,時間の感覚を失くしたかのようにも見える。
―――きおくのに無い俺と話していたキラは,俺にキラのことが好きだと言われたキラは,どんなに苦しかったろう・・・・・
―――誰もいない,孤独の病院から旅立ったキラはどんなに苦しかったのだろう・・・・・・・

季節は,残暑の残る9月から,紅葉の美しい10月へと流れていく。
10月末になっても,アスランの意識はまるでなかった。
そんなある日。
ぼんやりと,ソファに腰掛けて,バグカップを手に,焦点の定まらない瞳で何化をぼんやりと見つめている時,家の呼び出し鈴が鳴った。
「アスラン,本日はお暇ですか?」
「あぁ,ラクス」
アスランを呼び出した主はピンクの髪をしたラクスだった。
突然の訪問に驚きつつ,アスランは頷いた。
「入ってくれ」
家に置いていた花茶を淹れ,ラクスに差し出した。
「まぁ!これは・・・・・・!!」
「どうかした?普通の花茶だけれど・・・」
花茶1杯でラクスにこんなにも驚かれたのが驚きで,一体何があったのかと聞き返す。
ラクスは少し寂しげな表情をした。
「・・・・・・・この花茶は,キラがコーヒーばかりを飲む貴方のためを思って,買った貴方への贈り物なのですよ」
「・・・・・・・・・・・・!!!」
驚くアスランは,こうべを垂れさせた。
―――こんなに近くにキラの匂いが残ってるのに・・・・・
「アスラン。今日は,この花茶の話をしに来たのではありません。これを渡しにきたのですよ」
そうしてラクスの手によって差し出されたのは,近場で見つけられるようなCDショップの袋だった。
「?」
「開けてみてください」
ラクスに言われるままに,封を破ると,一枚のシングルがあった。
何の変哲もないように見えたが。
・・・・・・・・・・song by Kira Yamato
「キラ・・・・・・・!!!」
アスランは思わず口にした。 と同時に,その目から涙を溢れさせる。
その様子をラクスは静かに見つめていた。
「これは,今日発売したものです。今日が,何の日なのかアスランはご存知ですか?」
急に訪ねられても,日時の感覚のないアスランには,サッパリ分からない。
「今日は10月29日。貴方の誕生日ではありませんか?」
「!!」
可笑しそうに,しかしその目を潤ませて,ラクスは話す。
「本当は,貴方の名前をタイトルに入れたかったのだそうですが,最後にやっぱり引っかかったようですわ。
 駄目という言葉が出て・・・・しかし,一枚だけなら作ってくださるとのことで。
 ありふれた中の・・・この世界で1枚しか無い,キラから貴方への・・・・最後の贈り物です・・・・・・」
その場で亡き崩れるアスランからの口からは唯愛しい人の名前が,途切れ途切れ零れていた。

「もしもし」
「俺だ。 もう泣き止んだか?」
「イザーク・・・!」
「大分泣いたろ?お前。 声がカサカサだ」
「心配かけさせてすまない。 でも,もう大丈夫だから」
「8月の時だったら,考えられないようなセリフだな」
ふっとイザークは笑う。
「大丈夫なら,もう話していいな? 俺はお前にまだ話していないことが未だある」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「あいつはずっと,お前の判だけの無い婚姻届をお守りのようにして持っていた・・・・・・大事にな」
「それって,イザー―――」
「それだけだ。 じゃあな。 誕生日おめでとう」
そして,イザークは一気に電話を切った。

「言いたいことだけ言って切って・・・・・・」
ツーツーという電子音しか聞こえない電話機を握り締めて,アスランは約3ヶ月ぶりにしずかに笑った。
―――イザークらしいといえば,イザークらしいな・・・・・
そして,アスランは闇色へと色を変えた空を見るために扉を開けて,外へ出た。
空には,満点の星が広がっている。
どの星も力いっぱい輝いていて,美しい。
アスランはその空へと手を伸ばした。

―――キラ,俺頑張って生きるから・・・・・・・・・







もう,迷わないよ。
意識のない,生きているのか生きていないのか,全く分からないような植物人間みたいな生き方なんてしないから。
キラの分も,生きて見せるから。
ずっと俺を見守っていて・・・・・・
キラのこと,ずっとずっと好きだから。
キラも忘れないで,俺のこと。

キラをずっと愛してるから・・・・・・・・



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