2話






     *     *     *



そこには2人の少年と少女がいた。
少年の顔はひどく大人っぽく、年相応という風には見えない。
少年は美しく整った容姿を持っているが、少女の方は背を向けているので顔は分からなかった。
少年は何か重たけに、口を開いている。
「婚約者を……告げられた、父上に……」
俯いた少年の声はひどく苦々しい。
「あ……そ、そうなんだ……。お、おめでとう、よかったね。婚約者は?」
上ずった少女の声。
それは、とてもきれいな声で、しかしひどく悲しそうだ。
「ラ……、……ス・クラ、ン、と……」
「すっ……、ごく、可愛いひとじゃない。良かっ……。」
少女の上ずった声が聞こえないうちに、夢の中の世界はぐらぐらと揺れて、何も見え、聞こえなくなる。
ふっと世界が暗くなったような感じがして、スミレはゆっくりと瞳を開いた。
見えるのは、いつも変わらない天井の木目。
極稀に見る夢は、いつもかすかな頭痛を連れてやってくる。
疼く痛みを感じながら、スミレは身体をゆっくりと起こした。
この、人形の館に来たときは、生活スタイルにも、性向にも中々馴染めずに、辛いことも多かったが、最近は昼夜反対の起床時間にさえ、めっきりと慣れた。
もう、ここに来てもう直ぐ二度目の春が来ようとしている。
と言っても、未だ雪が降る冬、まだまだ冷え込む日は続くそうだから、身体はしっかりさせないといけない。
朝食、というには時間が酷く遅いが、食事を取るためにスミレは布団から出た。



     *     *     *



今日は、自社の傘下にあるうちのひとつ、「人形の館」の様子を自分の目で見るために、アスランはそこへと向かっていた。
最近倒れた父に変わって、全ての会社の権限を譲り受けたわけだが、如何せん突然の出来事に帝王教育というものを受けながら、会社のことについて父に学んできたけれども、未だ自分の手に余るようなことも多い。
しかし、だからと言って投げ出すわけには行かず、祖母の代から築き上げたものを守っていかなければいけないと思う。
流れていく景色をぼんやりと見つめて、再び手にした「人形の館」の資料に目を通す。
どうやらかなり人気のある妓がいるらしく、彼女によって店の大凡の金が循環しているといっても過言ではない状況のようだ。
記された年齢は自分よりも五つも下で、だからアスランは驚きを覚えつつも、しかしその顔を顰めた。
身体を売っている人間に、そんな目をしてたまるものか。
春を売る、それはひどくきれいに見えて、実はそうではないことを、アスランは物心ついた頃から知っていた。
性を売る、それはまるで家の恥を曝しているようにも思えてくる。
どうして、父は、祖母はこんな会社を建てたのだろうか。儲けようとしたのか。
分らない。
けれども、アスランにはもっと分らないことがある。
それは、自分の幼馴染の行方だ。
それまでは、何をするにもずっと一緒で、通うところは違えど、しかし出来る限り一緒に居た。
ずっと傍にいたのに、彼女は、キラは突然消えてしまったのだ。
ある日突然、キラは居なくなって、そしてそれを追うように彼女の両親は別の国へと行ってしまった。
最後に彼女と顔を会わしたあの日、キラはいつもと変わらないようだったし、ばいばい、また明日ね、とかわいい笑顔を振りまいてくれたはずであるのに。
あれから二年が経とうとしている。
一体彼女は今、どこでどうしているのだろう、早く見つけたいのにという衝動に駆られて、しかしそれを落ち着けるために深く息を吐くと、いつのまにか車は止まり、秘書が車のドアを開けていた。
「着きました」
いつもと変わりなく慇懃に態度を示す彼に、ありがとうと礼を言ってから、アスランは、薄暗くなってきた街に浮かぶ、ライトに照らされたその門を潜った。

「お待ちしておりました。アスラン様。」
「様は止めてくれ。アスラン、でいい」
見るからに自分よりも年上であろう、店を切り盛りする彼、ラウル・クルーゼにそう言うと、彼は丁寧な言葉で、分りました、と答えた。
「この店は……非常に順調だと報告書にありましたが、どうやらひとりの娘の力のようですが」
決して嫌味を言うつもりでは無かったのだが、思いのほか口の筋肉が歪んだように思う。
それを見逃さなかったらしい、クルーゼは、ふっと鼻で笑うような仕草をした。
仮にも雇われ人である立場で、それは失礼極まりないのではないか、とそう強く思ったが、しかしアスランはぐっと留まる。
父は、クルーゼを非常に使えるにんげんだと言っていた。
時折口にする言葉は、決して彼意外に使われなかったのを、アスランは奇妙だといつも思った。
ならば、どうして自分の右腕にしないのか、と。
父が滅多と使わないことばを、彼には惜しまず言っていた。
父親の全てを信じるわけではないが、厳格な父だ。
根拠も無く言う言葉ではないだろうと思いなおして、アスランは拳を握った。
「そのひとりの娘はとても魅力的なのですよ」
一体、何がそこに込められているのかを、少しも分らせないその目を隠すものが邪魔だ。
「きっと、あなたも彼女の虜になりますよ」
言い放つその言葉にさえ、何を匂わせようとしているのか分らない。
否、もしか匂わせるのではなく、遠ざけようとしているのかもしれないが。
人形の館が嫌いであることを見越した自分への。





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