すみれ 〜それは、すべてを花言葉にゆだねて〜 1話 |
悲しみから逃れたいと、その一心で、全てを捨てた。 悲しみは、幸せだったあの頃の記憶さえも多い尽くす。 もう、何もかも捨ててもいいと思った。必要のないものだと思った。 あまりにも純粋すぎた「愛」は少女を、己を責めていく。 ―――自分が悪かったから、と。 あまりにも弱かった少女は、己を攻めることで、全てがうまくいくのだと信じていた。 そして。 少女は自らのの身を、売り捨てた。アメジストの瞳だけを残して。 自分の名前を、記憶を、美しかった容姿を、そして、大事に残していたイトオシイヒトとのハジメテを。 すべてを、捨てた。投げ捨てた。 触られてしまった、ごわついた手で、欲望に満ちたその瞳で、見も知らぬひとに何度も遊ばれ、触られた容姿を,もう美しいとは思わない。 そこに居たのは最早少女ではなかった。 スミレ、これが彼女に与えられたたったひとつの、彼女の幻影を映すものだった。 * * * スミレはその国でも有名だった。 店自体が、有名なザラ家の私有物のうちのひとつであったせいもあるのだろうが、その中でも抜きん出て淫靡で、訪れたひとの、全ての瞳を一瞬にして奪ってしまう、その姿顔かたちが、何よりも目だった。 店の名前は人形の館。 吉原が認められる、この国の、地区の中の一等地とも言えるような敷地と、敷居の高さを保っている。 その中の花魁―――傾城がスミレだった。 普通ならば、娼婦より客の方が位は高いのだ。しかし、傾城は違う。 客よりも傾城の方が、位が遥かに高いの。 一度目は面会といって、せいぜい五分程同じ部屋に居るだけ。そこでは絶対に話を交わしてはいけない。 二度目に燈篭し、やっと話せるようになる。 そして三度目、身体に触れる事が許される。 そんな傾城という位がスミレの位置だった。 その店を切り盛りするのが、クルーゼと呼ばれる男だった。 店主と呼ばれる彼であるが、それは名前に過ぎず、実際の全てを取り仕切っているのは、それを所有しているザラ家といっても過言ではない。 赤線地区に沢山と並ぶ、春を売る店の中でも、豪奢ながらも決して成金上がりのような野蛮なものではなく、うつくしく贅を凝らし、そしてそれはそこに居る妓たちも同様である。 その敷居の高いとされるその店、その中にいる着飾った妓たちの中からも特別に浮き出た存在がスミレである。 媚びた声でも、目に見える態度でもないが、しかし彼女の持つ瞳はひどく物憂げで、虜になっていくひとは後を絶たないという。 「やっ……あっ、っああっ……」 暗い部屋にゆらりと浮かぶのは、人影がふたつ。 揉み合ったように獣姿で欲を追う男が、自身を穿つのは、もう二度目であるけれど、枯れることはなく、ぱんぱんと打ち付ける。 その日もスミレは、見せに出ることもなく、部屋の中で行為に耽っていた。 前戯もそのままに、高ぶった欲望を捻じ込んだそこは、無理やりに抉じ開けたために裂けた後が、赤く滲んだ白いものが、白い肌の上に伝っている。 ラップ音も響くその部屋は、ねっとりとした雰囲気を存分に醸し出し、そこはただひとの欲だけがその部屋を覆っていた。 「いい、だろお……なあ」 身に付けている服装など、見るからに上質なもので、それはつまり、それなりに地位も権力も持った人間だと伺わせるけれど、しかしこの姿を見て、屈指の会社の全権取締役だと、気付くものはいないだろう。 「う、んあっ……い、いで、す……ご、しゅじ、さま…・・・」 口から漏れるのは、快楽に溺れきったもので、それは閨の中へと消えていく。 妓に払うには考えられないような金額を払って欲を吐き出す男たちは、すっきりしたような、そんな表情をして帰っていくのだから、それなりに金額と見合ったものを得ているのだろう。 それと同じだけの代償は、この小さなからだの中へと押し込まれていく。 「ふああ…・・・あ、あ……いッ、くう……あ……」 「っん、あああ」 流れ込むのは、白濁した液。 避妊具を付けないのはこの猥界では常識にも似た感覚であるから、それを否定することも、逃げることも出来ない。 夜の帳はまだ落ち始めたばかり、妓たちの艶やかにも哀しく啼く声は消えることはなかった。 |
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