窓際を見ながら聞くきみの声

踏み切りの向こうに消えた声






帰ってきてからベッドでごろりとしていたら、泣いて、そのまま眠っていたらしい。
部屋に響くインターホンの音にキラは目を覚ました。
インターホンが何度か鳴っているということは、どうやら未だ母親は帰ってきていないらしい。
代わりに僕が出ないといけないのかと、ぼんやりとした頭で考えて、部屋を出る。
コンタクトをしたまま寝てしまったためか、目はしばしばしていて、少し痛い。
階段をゆっくり下りてから、僕は応答するために玄関へと向かった。
「はい、どちら様……って、……。」
「大丈夫なのか?」
新聞の集金なら面倒くさいなあと思って、痛い目を開けると、そこには友人が立っていた。
「あ、アスラン……。」
「授業には戻ってこないし、教室に帰ったらお前の鞄はないし、びっくりしたんだ……。」
「クラブは……?」
真面目で、何事にも真剣に取り組む彼が、クラブを休むとは考えられなかったから、一番に思ったことを口にしたまでなのに。
「クラブより、お前の方が大事だ。」
と、まるで僕を惑わせるような言葉を、彼が言うから、僕の目は痛いのも忘れて、アスランを見張った。
もしかしたら、自分と同じように思ってくれているのか、と。
しかし、親友は至って普段と変わらない風で、ただ純粋に自分のことを心配してくれているに過ぎないのだろう。
「……ありがとう……大丈夫だよ。」
少し間の抜けた返事をすると、彼は訝しげな顔をしてみせた。
「キラ……どうかしたのか?」
「どうして?何か変な顔してる……?」
尋ねると、アスランは手を伸ばして僕の顔に触れてきた。
「ここに皺が寄ってる……どこか苦しいのか……?」
言いながら、彼の表情も酷く苦しそうだ。
触れた眉間を、僕は咄嗟に振り払った。
彼の指に触れた自分の肌が、ひどく暑くて、そして焦げるように痛かったから。
「あっ、ごめん……。」
振り払われた手と、そして自分の顔を見て、戸惑いながらアスランは謝ってくれたけれど。
僕には、それさえも酷く苦しかった。
意味の分かっていないアスランの方が、きっと僕に比べて何倍も混乱しているのだろうけれど、それを気遣う余裕なんて、これっぽっちも残っていなかった。
もう、自分の中に限界が来ていたのかもしれない。
器に溜まっていく水滴は、ぼとぼとと溜まって、それはずっと貯められるばかりで、それを中から出すということを知らない。
いつのまにか、容器に一杯になって、そして臨界点を過ぎて、しかし未だ表面張力という、少しの力が残っていたけれど。
それは、少しの揺れで決壊してしまった。
恋焦がれて、焦がれ続けた彼の手のひらは、もう自分にとって酷く痛かった。
触れられたそこから、身体中に熱が伝わって、そして、触れた後にやってくる冷たい何かが吹き込むから、僕はきっとアスランに触らないようにと気をつけていたのに。
自分を苦しめたくはなかったから、ずっと親友という関係でありたかったから。
アスランを恋う気持ちは、もう楽しいことではなく、幸せなことではなく、それはもう自分を辛くさせるだけだった。
「アスランのことなんか、嫌いだ。」
逃げから出た言葉は、飾り気もなく、しかし飾らないだけにストレート過ぎる言葉は、かえって相手を痛めてしまう。
意識した訳ではないけれど、もう自分には、どうすればいいのか分らなかった。
彼の目の前に、溢れてくる気持ちは恋のもので、しかしそれは叶わないものだと思った瞬間に、絶望の淵に落とされる。
しかし、足掻き続ける僕は、友達という座にいながらも、やはり彼の姿を追いかけずにはいられなかった。
それ位に、アスランのことがすきだったから。
「……キ、ラ……。」
喉の奥から、途切れた声を出した彼は、状況を読むことが出来ずに、ただ痛々しい瞳をキラに向けて、そして唇をかんだ。
「アスランのことなんて、大っ嫌いだ。」
どうして僕の気持ちに気付いてくれないの、とか、僕を見て欲しいとか、言うことの出来ない臆病者の自分が悪いのだと、分かっていたのに、僕は言ってしまった。
ああ。
言ってしまってから、我に返ったが、一度ことばになってしまったものを、取り消すことは絶対に出来ない。
アスランの顔色は白くて、彼を傷つけてしまったことが、手に取るように見えた。
僕が弾いた彼の手は、宙に浮かび続けていたが、それもかくんと落ちてしまう。
彼の表情は真っ白で、そこにはどんな感情が巻き上がっているのか、少しも分らない。
それは、自分がどれほどアスランを傷つけたかという、明白な証拠にも見えて、もうキラに何を言うことも出来なかった。
何か声をかけなくてはいけないと思って、しかし浮かぶ言葉など何もなくて、ただ手を伸ばそうとすると、アスランはくるりと向きを変えて、もと来た方向へと歩き出す。
すたすたと離れていく背中に、もうキラには、呆然と見ることしか出来なくて、ただ自分が導いてしまった現実に、ぼんやりとしていた。
自分が壊した、自分で壊してしまった。
あれ程に恋うていたひとを傷つけてしまった。
アスランを好きだという気持ちに決してうそはないと思っているけれど、しかしそれはもうあまりにも苦しすぎて。
堪えることを止めてしまった僕が、あんなに自分を大切にしてくれていたアスランを苦しませてしまった。
体育の途中に保健室に甲斐甲斐しく連れて行ってくれたり、クラブも放り出して自分のことを心配してくれたり。
そんなアスランを傷つけてしまっただなんて、どうしてそう取り返しの付かないことをしたのだろう。
突然に込み上げてくる焦りと、彼への申し訳なさがキラの背中を押した。
このままでは、絶対にだめだ。



彼が向かったのはきっと学校だろう。
何も持たずに手ぶらで来たアスランだから、きっと学校に戻っているに違いないと思って、僕は彼が向かった先を追い駆けた。
どれほど時間が経ったのかは分らないけれど、きっと追いついて、彼に話さないといけない。
話したい、謝りたい。
走り続けていると、手前の方にアスランの背中が見えたが、そこにはいつもキラが引っ掛かる踏み切りが立ちはだかっていた。
遮断機は下りたばかりで、少し向けば、もう目の前に電車が通ろうとしている。
僕が止まっている間に、アスランは益々向こうにいってしまう。
早く言いたい。彼に言葉を伝えたい。
自分の正直な、本当の気持ちを。
「アスランっ、アスラーン……」
この声が、彼に届くといいのに。
「だいすきっ、愛してるーっ……」
出せうる限りの声を出したが、それは電車の走っていく音に掻き消されてしまう。
両が長いのか、それは一向に途切れず、そしてそれはキラの足を後ろ向けにさせた。
きっとこの声は届いていないだろう。
一度限りの僕の勇気は、あっという間に膨らみ、そして萎んだ。
電車が遮断機を通り切らないうちに、キラは再び自分の家の方向へと駆け出す。
むらさき色の瞳から涙が後から浮かんでは、はらはらと散っていった。





I borrowed title from "strano". Thank you .

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