*ただただ何ものにも束縛されることの無い世界で*

どれでも好きなのひとつだけ






この世にある、すべての中でいちばんに好きなものを選んでもいいと言われたら、僕はきっとだいすきなひとを選ぶだろう。
彼のことを想うだけで、胸がひどく痛くなるけれど、それは少しの甘い何かも奥の底に眠っている。
恋だと気付いたのはいつ頃だったろうか。



この冷え切ったからだを温める方法を、僕は知らない。
お風呂に入っても、暖房に当たっても、きっとこの寒さをどうにかすることは出来ないだろう。
身体の奥深い所から、氷のように、冷たくて、それはもうきっと、そんなものでは暖められないだろう。
けれども、その冷気は身体中を覆っていて、だから僕は求めてしまう。
あたたかいものを。
自分がきっと手に入れることの出来ない、その暖かさに、僕は飢えている。
だから、その飢餓感を飢えを少しでも抑えたくて、僕は繁華街の裏側をさ迷い歩いた。
そこは、自分のからだを差し出す変わりに、うたかたの暖かさを得ることが出来た。それから、紙切れも。
ぱっくりと空いた自分の中の穴が一瞬だけ埋めてもらえる。それから、凍っていたからだの一部が溶け出すように、流れてくる。
けれど、それは一瞬の出来事で、それは直ぐに終わってしまう。
しかも、終わった後、少しでもその穴が塞がって、氷が解けているのなら良いけれど、うたたかの夢の時間は、さらに自分の身体を傷つけていく。
一瞬塞がった穴は、再び大きな穴を開けて出て行き、溶けたはずの氷は、どうしてか、元の大きさよりも一回り大きくなっていく。
きっと、僕の身体の穴は自分のからだというからだを空けて、そして僕を凍らせるだろう。
それを止めたのが、彼だった。
その日はどういう訳か、身体が酷くだるくて、僕は行く宛てもない道を彷徨った後に、どこかの家の玄関の階段部分に座り込んだ。
夜は、―――正確には宵が明ける頃―――出来るだけ家に帰るようにしているけれど、そんな気力さえなくて、もしかしたら今夜はここで過ごすことになるのかなあと思った。
頭がくらくらして、目の前がぐるぐると回るから、目を閉じると、意識がまるで落ちていく。
寝るのは良くないだろう、と目を開けなければいけないと思ったけれど、一度落ちた目蓋はちっとも持ち上がりそうになく、抗えないままに意識は底へと落ちた。

目が覚めると、そこはベッドの上だった。
そして、自分を覗き込むのは、全く見知らぬひとだった。
「気がついたか。」
「ここ、は……。」
「俺の家だよ。家に帰ってきたら、知らぬ女の子が玄関で寝ているからびっくりした。」
僕だって、気付いたら見知らぬところに寝て、見知らぬ人から見下ろされているから、びっくりしている、とは言わなかったけれど。
「熱があったみたいだったけど、多分下がっているね。何か飲み物を飲むといい。」
ペットボトルの口を開けてから、スポーツドリンクが差し出されて、キラはおずおずと受け取った。
「ありがとう、ございます。それから、ご迷惑をかけて、すみません。」
「そう、だね。まあ、けど、しんどそうにしている子を放って置けるほど神経が太いときで良かった。」
そういって、彼はからりと笑う。
言っている意味が少し分りかねたけれど、とりあえずキラは再び頭を下げた。
「ところで、今は昼頃……じゃないな、夕暮れときだが、どうする?」
言われた意味が、やはり分らなくて、しかし今の現状から考えて、きっと遠まわしに帰れと言っているのだろう、と僕は思った。
「すみません、僕邪魔になりますよね。お世話になりました、本当にありがとうございました。」
言ってから、ベッドから足を下ろして立ち上がる。
少しふらっとしたが、足に力を入れて、ぐら付くのを何とか避けた。
だから、彼が物言わずに傍で痛ましげな顔をしていたのに、キラは気付かなかった。
「この恩は、僕には返せないですけど……ほんとうに、本当にありがとうございました。」
言ってから、自分が札を持っているのに気が付いた。
財布を出して、そこにあるだけに万札を彼に差し出す。
「これだけあったので。こんなお礼になりますけど。」
しかし、それはキラの手から離れることはなく、彼の手は一向に伸びてこなかった。
「どうして、受け取らないんですか?」
ちっとも理解できなくて、僕は強く言い返すと、彼は悲しそうな顔をした。
「お金は仕舞いなさい。お礼はいいよ。」
どうして、悲しそうに言うのか、キラにはちっとも分らなかったけれど、とりあえず持っていた札を鞄に押し込む。
なんだか、自分を否定されたような気がして、キラは今すぐからにでもそこから離れたいと思った。
くやしいという気持ちなのか、惨めなという気持ちなのか、何かはちっとも分らなかったけれど。
「ありがとうございました。」
それだけをもう一度言ってから、キラはその家を飛び出した。



だいすきなひととの出会いは、こんな風に突然やってきた。
忘れたくて、だけれど、きっと忘れることの出来ない、大切な記憶だ。





I borrowed title from "strano". Thank you .

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